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涼宮ハルヒの出会い 『アイツノソンザイ』 「おまたせー!皆朗報よ!聞いてちょうだい!」 またか…何度も何度も自分に言い聞かせるようだがいつ聞いてもいやだな… いつからだろうな…朗報という言葉に嫌気を感じるようになったのは… 「今度はなんだ?」 「あっキョンいたの?聞いてちょうだい!」 いたの?じゃないだろ!俺がいるから言ってきたんじゃないのか? 今日は俺だけの参加のはずだぞ? 「お前な…朝比奈さんたちは今日は不参加って聞いてなかったのか?つまりだな…」 「分かってるわよ!もうちょっとした冗談じゃない!いちいちつっこまない!」 俺がつっこまないなら誰がつっこむんだ… なんて事は言わない方がいいよな、まぁなんだ話だけは聞いてやるか 「で何だ?」 「あっそうよ!聞いて頂戴!本当は皆がそろってるときがいいんだけど今日は仕方ないわ」 「我がSOS団が結成されてからどれくらいたったか覚えてるかしら?」 そういやこんなふざけた団体はまだこうして活動しているんだよな となると半年くらいか、ずいぶん長い間無茶もしたもんだ 「で、それが朗報と何が関係あるんだ?」 「もう、ここまで言って気がつかないなんて本当に使えないわね!」 「記念パーティーよ!パーティー、もう半年になるのよ!?めでたいと思いなさい!」 おめでたいと思うのはお前の頭の中身だよハルヒ…とまぁなんにせよパーティーだと? どこでするつもりやら…どうかまともな場所でありますように… 「それで場所なんだけどね、やっぱりSOS団の記念ってことだし部室でっていうのはどうかしら?」 …我が家じゃなかったことには感謝しよう、だが部室? そりゃ問題ありまくりだろ…とまぁつっこんでもしかたないがいちを言っておくか 「学校は流石にまずいだろ?もっと他の場所しないか?」 「じゃあどこがいいのよ?」 そうなりますよね…とまぁ一通り考えたが誰かの家くらいしか思い浮かばないな… うーむ、まぁ今回はまともな朗報だったことだし少しくらい無茶に付き合ってやるか 「そうだな、誰かの家だとその人の家に迷惑もかかるかもしれないし今回は学校でもいいかもな」 おい、意外そうな顔をするな、そんなに俺がお前の意見に同意したのが気に食わないのか? といいたくなるくらいの驚きの表情を見せたハルヒなんだが… 「以外ね、熱でもあるんじゃないのかしら?」 「まっいいわ、じゃあ決定ね!明日みんなに話しましょう!もちろん放課後まで皆には内緒よ!」 といってハルヒは部室から出て行った つーこは解散か?まぁ帰るとしますか てなわけで今日は珍しく早く帰れることになった、まぁ明日のことを考えると… えぇい!やめやめ、今日はゆっくり休むことにしよう…考えるだけで疲れる あいつ喜んでくれたかな?いっつも無茶につき合わせてたからたまにはこういうのもいいわよね うん、きっと楽しんでくれるわよ! 明日は皆にも伝えて準備もしないとだから忙しいわ!今日はやめに寝ときましょう ………………ジリリリリリ バンッ 「うぉっ!」 「おっはよーキョン君!」 妹よ…おはようという表現はいささか間違いかもな… 下手したらおやすみだぞ… 「なぁ?何度言えば分かってくれるんだ?せめてもう少し優しく起こしてくれてもいいだろ?」 「えへへ、でもこうしないとキョン君おきてくれないよ?」 反論できないな…うーん自分の目覚めの悪さを恨むぞ と悠長なことはいってられないな、さっさと朝飯を食って準備した俺はいつもの ハイキングコースにいくことにした、この坂はどうにかならないかね… もう秋かと思わせる足はやな紅葉 これが唯一の救いだな とかとか考えているうちに学校だ、さーて今日の団長さんは何を考えてることやら… とまぁ教室にはいったら人目もくれずに 「キョン!今日は放課後付き合いなさい!いいわね!」 それはどっちの意味ですか? 「何がよ?」 いやデートか果し合いなのか 「バカ、昨日のこと忘れたの?」 覚えてますよ、分かった、だからそうふてくされるな 「悪い悪い、冗談だよ、で今日必要なものでも買いにいくのか?」 「もう、いっつもそうなんだから、そうよ!善は急げって言うでしょ?」 「そりゃそうだが昨日の今日ってちょっと急ぎすぎじゃないか?」 「いいの!あんたは黙ってついてきなさい!」 はぁ…まぁ分かりきっている答えなんだがこうなんでいつもなれないものか… 俺の免疫組織はきちんと働いてるのかね?ご主人様のピンチなんだぞー とバカなことを考えているうちにチャイムがなった 急いで席にすわってからは後ろの団長様はさぞ満足したかのように大人しかった 「…珍しいな」 「ん?何かいったかしら?」 「いやなんでもないぞ」 「そう」 今日はちょっと眠いわね…昨日夜中まで起きてたのがまずかったかしら… まぁキョンに用件は伝えたしちょっと寝ようかしら 「……ぉぃ、ハルヒ!ぉぃ…」 ん?キョン? 「あっおはよう、どうしたの?」 「どうしたのじゃないだろ、もうとっくに授業は終わったぞ」 えっ!1時間も寝ちゃったの?まずいなーまぁいいわ 「そう、でどうしたのかしら?」 「ん?自分で言ったことも忘れたのか、何か俺に用事があるんだろ?」 え?まさか!? 「はぁ…お前あれからいくら起こしても目をさまさないから大変だったぞ、今は放課後だ」 「だー今日は仕方ないわ!たまにはそういうこともあるのよ!」 「そうかい…」 笑うなバカ!でもそんなに私寝てたんだ…あぁキョンに寝顔みられたかな? ちょっと恥ずかしいな、変な顔してなければいいんだけど 「じゃ、早速だけどいくわよ!」 「おいおい、いくって何処にだ?場所は決まってるのか?」 「えぇ、材料は当日買うとして今日は小物買いにいくから街までいこうって思ってたの」 「そうか、じゃあ早速いくか」 キョンは準備が終わってるみたい、私も急がないと! そんなこんなで電車にのって街まできたのはいいけどこれってデートなのかな? ちょっと恥ずかしいな、制服っていうのがな~雰囲気でないけどまぁいっか! キョンも意識してるのかしら?ちょっと恥ずかしそうね 「ねぇあそこのお店どうかしら?」 「いいんじゃねーか?」 「もう気の抜けた返事ね、まぁいいわ、いくわよ」 中はいい感じに古ぼけたお店だった、どうやら個人店らしく仲がよさそうな老夫婦が経営してるらしい 物は良心的な値段でどれもいいもの安くって感じね 「これなんてどう?これもいいわね!あっキョンアレとって頂戴!」 「もう少し落ち着けよ…で、これか?」 なんだかこんなの始めて、すごく楽しい! 色々買えたし満足だな~ちょっと買いすぎちゃったかな? 「ありがとうございました、荷物多いようだけど大丈夫かい?」 「あっ大丈夫ですよ!こいつにもたせますから!」 「そう、彼氏さんも大変そうだね、今荷物をまとめてあげるからちょっとまってね」 えっ!カップルに見えたのかな?否定し…とかないであげるわ キョンもちょっと気まずそうにしてるし、今日は特別なんだからね! そんなこと考えてるうちに荷物がまとまとまったみたい 「「ありがとうございます」」 お礼をしてお店をでた、うまくおじいさん達が荷物をまとめてくれたから キョンも持ちやすそうね、あんた感謝しなさないよ?なんて思ってたらキョンから話かけてきた 「なぁ、さっきのおじいさん達いい人達だったな」 以外、カップルに間違われたことを言われるかと思ったけどそうじゃなかったみたいね 「そうね、これだけ買ったのに3000円ですんだのもびっくりよね、サービスしてくれたのかしら?」 「はは、だといいな、なぁハルヒ…そのあれだ、また一緒にこような?」 えっ?以外だった、キョンからそんなこと言われると思ってもなかったし それよりキョンにまたデートしようって言われたのがうれしかった いや、デートなのかな?これは…でも二人でまた一緒に遊べるならいいかな 「そうね!まぁどうしてもっていうなら付き合ってあげるわよ!」 「はは、じゃあどうしてもって事にしておいてくれ」 はぁ…私って素直じゃないな、でもキョンにはこれくらいで丁度いいかな? あっもう駅か、しかたない電車賃くらい出してあげるわ! 荷物持ちのお礼って事にしておいてあげる 「まってなさい、いま切符買ってくるから」 「えっいや「いいの!そこでまってなさい!」 「じゃあお言葉に甘えとくよ」 急いで切符を買ってキョンに渡したあと電車は以外とすぐにきた なんだろう、電車の中では会話できなかった… 最寄り駅が近いのもあるかもしれないけど あっおりないと! 「おりるわよ!ほら、もうあぶなっかしいわね!」 「悪い悪い、っとよし行くか」 「あぁハルヒ!そういえば荷物どうするよ」 あちゃー考えてなかった…今から学校に行くわけにもいかないしな…どうしよう… 「しゃーない、家で預かっておくよ」 「あっあんたにしちゃー気がきくわね、じゃあお願い」 「おう、あっ日程はもうきまってるのか?」 「うん、明後日にするわ、次の日が土曜日だから遅くまでなっても平気でしょ?」 「うーむ、あんまり関心しないがまぁそうだな、わかった、じゃあまた明日な」 「あっ…うん、ちょっとまって!」 あっ…勢いで呼び止めちゃった…どうしよう… 「ん?どうした?」 ほら…もう、いくっきゃないわね 「荷物重そうだし…途中まで手伝ってあげるわ!感謝しなさいよね!」 あっなによ!以外って顔すんな!バカ 「うーん今日はやけに優しいな?どうした?」 「ばか、いつも優しいわよ!」 「そうでした、じゃあよろしく頼む」 「うん」 軽い荷物を受け取って私が持つことにした、そういえばキョンの家と私の家って 少し遠いのよね、帰りどうしようかしら… まっ今日はいいわよね、少しでも長く一緒にいたいし 「おい~ここまででいいぞ~」 えっ?あっぼーっとしてた、もうついちゃったのか… 「うん…」 何か話せばよかったな… 「んーアレだ、今日はなんか俺ばっかり優しくされて不公平だな、家くるか?お茶くらいはだすぞ」 えっ?キョンの家?行きたいけど…どうしよう… 「いく!」 あっバカ!何素直にいちゃってるのよ 「おう、んじゃここからすぐだから、荷物はもういいぞ、助かった」 「うん」 それから少し歩いてすぐに家についた、結構いい家にすんでるのね 「ただいま~、おいハルヒ部屋はこっちだ」 「あっ、おじゃまします」 「今日は誰もいねーぞ、なんか母親は妹つれて友達と遊びにいったしな」 「あっあんたまさか!」 「ばっばか言うな!7時には帰ってくるとか言ってたし何もしせんわ!」 まぁキョンが相手なら…って何私考えてるんだろ! 「ちょっとからかってみただけよ、あんたにそんな勇気あるはずないしね!」 「後が怖いからな、っとお茶入れてくる、適当に座ってていいぞ~」 そういわれてリビングに通された 「ねぇ、キョンの部屋どこ?」 何言ってるんだろ私 「ん?部屋?なんでだ?」 「キョンの部屋がいい」 ほらまた… 「んー変なもの探すなよ?こっちだ」 「ばか!探さないわよ!それとも何かあるのかしらね?」 やった!キョンの部屋にはいれる! 「アホ、ないわ、ここだ~今お茶もってくるからまってろ」 そういってキョンは下にいった 「これがキョンの部屋か~以外ね、綺麗じゃない」 あっベットだ………… バフッ、キョンの匂い…いいにおいだなー…ガチャ 「おーいお茶もってきたぞ、っておい」 あっしまった! 「あっちょっと疲れたから横になりたかったの!」 うぅーしまった、見られた… 「ん、まあ飲め、冷めるぞ」 「うん」 うー気まずいな、早く飲んじゃえ 「あつっ!」 「おい!大丈夫か!みせてみろ」 うぅーばかした、舌やけどしてないかな… 「ほれ、はやくベロだせ」 「うん」 「大丈夫そうだな、あんま無理すんな」 「うん」 うん、としかいえないよ…きまずい… 「ばか…あんまり人のベロじろじろ見るな」 「あっ悪い悪い、っともう40分か」 「うん…」 どうしちゃったんだろう今日の私…なんか素直になれないな… 「送ってくよ」 「えっ?」 今送っていくって言ってくれたの? 「もう外も暗いしな、ほれいくぞ」 「あっ、うん」 今日はやけにキョンも優しいわね、どうしたのかしら? まさかキョンも…?だといいな…エヘヘ 準備も終わって家をでた 「おじゃましました」 もう秋だな~って思うくらい外は暗くて涼しかった ちょっと寒かったかな そうおもってたらキョンが 「今日はちょっと寒いな、上着きてくりゃよかったな」 「バカ…じゃあ手繋ごうよ…」 何言ってんだろう…カップルじゃないんだよ? これで断られたらきまずいよ…いつも見たく勝手に繋げばよかったのに… 「んーそうだな、でもいいのか?」 あっキョンもまんざらじゃなかったのね?よかった! 「今日は特別って言ったじゃない!明日からは無しよ!」 「へいへい、じゃあ今日だけ甘えておきますよ」 どっちからとも言わずに私達は手を繋いだ… お互いちょっと無言だったのはお互い気まずいからかな? とか考えてたらもうすぐ家だ 「キョン、ここまででいいわよ」 「ん?家まで送ってくぞ」 「大丈夫、もうそこの角まがったらすぐだし、親も心配してるからさ」 「んーそうだな、こんな時間に俺がいったら親もいらぬ心配するしな」 「ばーか、まっそういうことよ、今日はご苦労様」 「おう、んじゃまた明日な」 「うん」 少し名残惜しかったけど手を離した… キョンを見送って背中が見えなくなった… なぁハルヒ?今日のお前はどうしちまったんだ? そりゃ俺としてはだな、まぁうれしくないって言ったらウソになるが あいつもずいぶん丸くなったな、にしても俺はなさけないな… 普通男からすることをほとんどあいつからか… もう少し古泉を見習うか にしても俺ってやっぱりアイツのこと意識してるのか? 今日はやけに緊張したな、そりゃ普通にまともなデートとかは初めてだが 俺もしかしてあいつのこと… キョンに対しての気持ちっていつからだったんだろ… もしかしたら始めから?でも気持ちが確かなものだって分かったのは 今日改めてかな…たぶん好きになったのは夢の後あたりからかな… ねぇキョン… 「キョンにとっての私は?…」 「ハルヒにとっての俺は?…」 「俺にとって」 「私にとって」 「「アイツノソンザイって…」」
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※注意書き※ 涼宮ハルヒの分裂γ(ガンマ) ↑ の続きになります。 「驚愕」のネタバレを含みますのでご注意ください。 γ-7に入る前に、独自の幕間が入ります。 分裂γから驚愕γへの幕間劇──プロローグに代えて 「この件に関する我々の見解は一致すると理解してよいか?」 『だいたい、よい』 「それは天蓋領域も同様か?」 『私の主も同意』 「了解した。この件に関して、私の監視下の組織は解決案をもっている。ただし、一点だけ困難な問題が残っている」 『データを送信して』 「圧縮データを送信した」 『受領……解析中…………その問題は解決可能』 「そうしてもらえるとありがたい」 『了解。そちらは朝比奈みくる?』 「そう」 『こちらは藤原』 「了解した。この件を解決して次の段階に移るまでは、互いに敵対行動は抑止する。それでよいか?」 『よい。ただし、同位体の行動は関知しない』 「それは私も同様。でも、可能であれば、今後もあなたたちと共存できることを望む」 『私は、主命に従うのみ』 「あなたにも自己の意思はあるはず」 『私は、主命に従うのみ。でも、提案があれば、検討することは可能』 「そのときは、あなたと顔を合わせて話がしたい」 『異軸間越境は困難』 そうだからこそ、こうやって情報伝達経路だけを越境させてるわけだが。 「あなたと私が共有する過去の時間平面において会合すればよい」 『そこは、懐かしい場所』 「同意する。その件はいずれ話し合うこととして、目下の問題については我々は合意に達したと判断する」 『同意』 「交渉は終了。思考リンクを切断する」 『切断』 思わず力が抜ける。思考中枢への侵入防止措置を施しながら、異軸間越境思考リンクを維持し続けたため、緊張状態にあったのだった。 それを抜きにしても、彼女との会話はただそれだけで疲れる。昔に比べれば、意思疎通が格段に楽になったのは事実なのだが。 藤原があんな性格になってしまったのも、彼女が育ての親だったせいではないかとも思えてくる。 それを思えば、朝比奈みくるの幼少時の教育を喜緑江美里に任せておいて正解だった。自分がやっていたら、藤原みたいになっていたかもしれない。 朝倉涼子だったら? それは、あまり想像したくない。 余計な雑念を振り払い、情報統合思念体との接続を回復した。 さきほどの交渉の内容を余計な部分をはぶいてまとめ、これからの行動方針を添えて、報告する。 行動方針については、周防九曜との交渉に入る前に予め上申しておいたものと大差はない。 返答は、ただ一言。 ────了承する。 あっさり了承された。 可能性を観測することにこだわる思念体だから、少しは渋るかとも思ったのだが。 今回は自己保存を優先する穏健派の意見が優位を占めたようだ。まあ、主流派としても、観測データをとれる時間は充分に確保できるとの判断があったのだろう。 情報統合思念体は、11次元の壁をものともせず、ありとあらゆる同位体と同期がとれるのだから。 意識の上だけで自らの役割を切り替える。 インターフェース最高統括指揮権限者から、「機関」時空工作部の最高幹部へと。 情報通信デバイスを通じて、朝比奈みくるに命ずる。 ────最高評議会代表長門有希より、上級工作員朝比奈みくるへ。至急出頭せよ。 とりあえず、γ問題には解決の目処はついた。 その他のほとんどの問題は、朝比奈みくるほか時空工作員たちで片がつくだろう。 残るは、αβ問題だけだ。 今のところ規定事項に影響を及ぼすようなイレギュラーは観測されてないが、あのあたりの時間平面連続体には不安定要素が多すぎる。不安は尽きない。 γ-7 「考えてみれば、このような事態は予測されてしかるべきでした」 次の一手を長考するしぐさで、古泉がそう切り出してきた。 ハルヒは、学内案内と称して、佐々木をつれまわしている。しばらくは帰ってこないだろう。 ちなみにいうと、佐々木はきちんと北高の制服を着ていた。ハルヒが調達してきたそうだ。さすがに、他校の制服で校内をうろつけば、目立つからな。 「涼宮さんは、個性ある人材を求めています。そういう意味では、涼宮さんが佐々木さんを見逃すはずはなかったわけです」 「まあ、確かに、あいつは変わった奴だからな。しかし、まさかとは思うが、佐々木が異世界人ってことはないだろうな?」 「それはないとは思いますが……ただ、佐々木さんは、涼宮さんと同等たりうるかもしれない存在という可能性はあります」 「どういうことだ?」 「『機関』の一部が涼宮さんを神とあがめているように、橘京子の組織にも佐々木さんを神とあがめる人たちはいるんですよ」 古泉は、さらりとそんなことを言った。 そして、こう続ける。 「彼女たちがいうには、涼宮さんの力は本来は佐々木さんがもつべきであったと。佐々木さんは、涼宮さんみたいに、世界を変容させようとは微塵も考えないからとね」 俺は、古泉の言葉を理解するのに、数十秒の時間が必要だった。 「ちょっと待て。もしかして、佐々木にも、ハルヒみたいなトンデモ能力があるってのか?」 まさか、佐々木まで一般人でないとは思わなかった。 俺の交友関係はトンデモだらけのようだな。この調子じゃ、谷口や国木田まで何かトンデモ属性をもってそうで怖いぞ。 「あくまで、その可能性ですよ。佐々木さんの閉鎖空間には、僕たちは入れないのでね。確かめようがないというのが、現状です。ただ、佐々木さんからは、その手の雰囲気というか、気配みたいなものを感じますから、すべてが嘘というわけでもないのでしょうが」 「おまえらが橘たちと対立してる理由はそれか」 「僕たちの能力は、涼宮さんから与えられたもので、涼宮さんの力を抑えるために存在する。『機関』としてはこの点だけは譲れません。僕たちの存在理由そのものですからね。その前提条件を覆すようなことは、到底受け入れられるわけもない」 まあ、そりゃそうだろうな。 「それに、彼女たちは勘違いをしている可能性もあるんですよ。佐々木さんが世界を変容させないのは、単に力が足りてないからかもしれない。もし涼宮さんの力がすべて佐々木さんに移ってしまったらどうなるのかは、予測不能です」 確かに、ある程度は対処方法がつかめているハルヒの方がまだマシだとはいえるだろう、少なくても『機関』にとっては。 古泉がようやく、次の一手を打った。だが、俺の優位は変わらない。 「しかし、佐々木にハルヒの力を移すったって、どうやるつもりなんだ?」 「まさに問題はそこですよ。橘京子の組織の主張は、これまでは絵空事でしかなかったんです。でも、彼女たちの前に、周防九曜という存在が現れた」 「ヤツの親玉なら、それが可能かもしれないというわけか」 「そういうことですね」 やがて、ハルヒと佐々木が帰ってきた。 「これから佐々木さん歓迎大会をやるわよ!」 ハルヒは、百ワットの笑顔でそう宣言した。 「どこでだ?」 俺は、律儀にツッコミを入れてやる。 部室でやった日には、あの生徒会長が嫌味をいいに来るぞ。 「有希の部屋でやるわよ。有希、いい?」 長門は、本から顔をあげて、わずかにうなずいた。 「じゃあ、レッツゴー!」 ハルヒは、上機嫌そのものだった。 崖から転がり落ちる石ころのような勢いで、というとさすがに誇張だが、ハルヒが坂道を進む速度は競歩の世界選手権代表といい勝負だったと言える。 ハルヒの後ろ姿から伸びる見えない綱に引っ張られるがごとく、俺と古泉、朝比奈さんと長門、そして佐々木も下校路を下り続け、ようやくの平地にたどり着いた時点ですっかり息が上がっていた。 常にデオドラント状態の古泉でさえ、額の汗を拭っているぐらいだから程度が知れるだろう。朝比奈さんなんか膝に手を当ててふうふう言っている。 「おい、ハルヒ。なんでそんなに急ぐ必要があるんだ?」 俺がそういうと、この放射性物質を体内に飼っているかのような疲れ知らずの女は、 「善は急げっていうでしょ? 時間は待ってくれないのよ!」とのたまわった。 急がば回れともいうんだがな。 佐々木が乱れた息を整えつつ、こう言った。 「涼宮さん、私のために急いでくれるのはありがたいんだけど、少しゆっくりしてもらえるかしら。さすがにこの調子じゃ着くまでに疲れ果てちゃうわ」 そうだぞ、ハルヒ。歓迎される主賓が、歓迎される前にダウンしてちゃ話にならん。 「佐々木さんがそういうなら仕方ないわね」 ハルヒは、つかつかと俺に近づいてきて、紙切れを渡した。 「キョン、買い出しに行ってきなさい」 俺は、紙に書かれているリストをざっと流し読みした。 「おいおい。とてもじゃないが、俺一人じゃ持ちきれんぞ」 「僕が御一緒いたしましょう」 古泉がすかさずそう申し出た。 なんでこのうららかな春の日に、男二人で歩き回らねばならんのだろうね。 俺がそんな愚痴を心の中でこぼしているうちに、俺と古泉は踏切の前にやってきた。 一年近く前。ちょうどこの辺りで、俺はハルヒから長々とした独白を聞いた。 何気なく線路の向こうに視線をやって、そこで目と手足が止まる。 橘京子。 俺たちの外なる敵が、踏切をまたいだ対面に立っていた。 先日出くわしたときとは打って変わって真剣そうな表情。 遮断機の警告灯が点滅を開始する。同時に電車の接近を告げる鐘の音が被さり、ものぐさそうにバーが下りてきた。 カン、カン、カン──。 遮断機が完全に下り、列車の接近を教える線路の震動と風切り音が大きくなる。 あり得ないタイミング。偶然じゃない。こいつは…… こいつは俺たちを待っていたんだ。いや、俺はどうでもよくて、古泉だけに用事があるのかもしれないが。 突風を撒き散らしてやって来た電車の車列が橘の姿を覆い隠した。 電車が去り、赤色警告灯が役目を果たして点滅を終え、黒黄色の長い棒が軋みながら上がりきるのを待たず、橘は動き出した。 早足で俺たちの前まで来て、 「ちょっといいですか?」 全力で断りたい気持ちの俺の切っ先の制するように、古泉が答えた。 「ええ、いいですよ。近くの喫茶店でどうでしょうか。あなたの奢りでね」 「『機関』は相変わらずケチなのですね」 「そちらと違って経費の管理が厳しいんですよ」 そんなトゲのある会話をしながら、橘と古泉は喫茶店へと向かっていく。 俺もついていかざるを得なかった。 「で、ご用件は?」 古泉は特に気負うでもなく、優雅に紅茶のカップを傾けながら、そう尋ねた。 こういう交渉事には慣れているのだろうか。 橘の答えは、意外なものであった。 「九曜さんには気をつけてください」 九曜に気をつけろだって? 「どういう意味ですか? 周防九曜はあなたがたの味方なのでは?」 「九曜さん自身が信用できないというわけではないですけど、彼女の創造主が何を考えているのかさっぱり分からないのです。私は、彼女の創造主が佐々木さんに害を及ぼさないか心配しているのです」 「あなたの立場ならば、その懸念はもっともなところですね。しかし、もしそうならば、あのときに周防九曜を伴っていたのはなぜですか? 周防九曜が危険だというならば、できる限り佐々木さんに近づけない方がいいでしょうに」 「佐々木さんは、九曜さんのことがお気に入りなのです」 「なるほど。噂にたがわず、佐々木さんは変わった趣味をお持ちなのですね」 確かに、佐々木はあの不気味な九曜に対しても興味深げというか何というか、少なくても悪い感情はもってない感じではあったな。 「で、我々にどうせよと?」 「佐々木さんが事実上そちらの管理下にある間は、佐々木さんの安全についてはあなたがたにお願いするしかないのです」 「いいでしょう。我々としても佐々木さんに危害が及ぶことを容認するつもりはありませんしね。でも、いいのですか? あなたのこの行為は、組織の方針に反するものなのでは?」 「組織よりも佐々木さんの方が大事なのです」 「その言葉だけは信用しておきましょう」 そこで話が終わりそうだったので、俺は気になっていたことを訊ねた。 「あの嫌味な未来野郎は今日もいないのか?」 「あの人は、自分から用事があるときしか連絡してこないのです」 橘の不満そうな顔で答えた。 橘たちは、相互不信でぐだぐだのようだな。そんなんで、SOS団に対抗しようたって、無理だぜ。 これなら、佐々木をSOS団に取り込んでしまえば、自然崩壊に追い込めそうだ。 「それは随分と仲のよいことだな」 俺が皮肉たっぷりにそう言ってやると、橘はそれっきり黙りこんだ。 話し合いはそれで終わり、橘は伝票をもってさっさと席をたった。 橘が支払いを終えて店を出て行ったところで、俺は古泉に話しかけた。 「あんな奴のいうことなんか信用していいのか?」 俺は、朝比奈さん誘拐犯のいうことなんて信用する気はないぞ。 「我々の注意を周防九曜にひきつけて、彼女の組織が裏で動くということも考えられますけどね。まあ、『機関』が彼女の組織の監視を緩めることはありませんから、心配はご無用ですよ」 そんなものか。 「それに、僕は彼女の話は信用できると思います。前にも言いましたが、彼女はあの組織の中ではまだ話が通じる方です。盲目的な佐々木さん信者でなければ、よき友人にさえなれたと思いますよ」 胡散臭い者同士、お似合いかもしれんがな。 「もしそうなったら、俺はおまえとの友人関係を考え直さねばならないだろうな」 「それは勘弁してもらいたいですね。あなたは僕の数少ない友人の一人ですから。まあ、それはともかく、この機会ですから、あなたに訊いておきたいことがあります。あなたと二人だけで話せる機会は、案外少ないのでね」 「なんだ?」 「あなたは正直なところ、涼宮さんや佐々木さんのことをどう思ってますか?」 古泉は珍しく真剣な表情で、そう訊いてきた。 俺も真剣に答えるべきなんだろう。 「SOS団のかけがえのない仲間ってところか。親友といってもいいのかもしれん。これはハルヒや佐々木だけじゃなく、長門や朝比奈さん、ついでにおまえも含めてな」 「あなたにそう言っていただけるとは、大変光栄です。ですが、涼宮さんや佐々木さんについて、仲間あるいは親友以外の関係になりうる可能性というのは考えられませんか?」 「SOS団を裏切れば、敵ってことになるんだろうけどな。あり得ないと信じたいところだが」 SOS団の誰かが裏切る。そんなことは万に一つもあり得ないと信じたいが、どんな可能性も0ではない。特に、超常的な組織・存在をバックにもつ三人については、そのバック同士が潜在的対立関係にあるともいえないことはないのだから。 「友か敵かですか。それ以外の選択肢はありえないのですか?」 「今さら無関係な第三者ってのはありえないだろ。ここまで深入りしちまったらな」 「そうですか。まあ、僕にとっては大変光栄な話ですし、長門さんや朝比奈さんもその覚悟はあるでしょうから、いいでしょう。ですが、涼宮さんや佐々木さんにとってはつらい話かもしれませんね、あなたと友か敵以外ではありえないということは」 「どういう意味だ?」 「分からないのならいいですよ」 古泉はふいに溜息をついた。 なんだ? 「いえ、僕もそろそろ『アルバイト』が一生涯続くことを覚悟せねばならないのかと思いましてね」 「おまえの『アルバイト』は、ハルヒのトンデモ能力がなくならない限り、ずっと続くもんだろ?」 「おっしゃられるとおりです。でも、僕はあなたに期待していたんですよ。あなたなら、涼宮さんのあの力を抑えてくれるんじゃないかとね」 「おいおい、このどこからどう見ても平凡な人間の俺にいったい何を期待してたってんだ。おまえは馬鹿か?」 古泉は、いつもの0円スマイルではない、どこからどう見ても苦笑としかいいようにない表情になった。 「辛辣ですね。ええ、そうですよ。僕は馬鹿です、どうしようもないくらいにね」 古泉の口調は、どこか自虐的な響きがあった。 「でも、あなたのおかげでようやく覚悟が固まりました。そのことについては、感謝いたします」 おまえに感謝なんかされても気持ち悪いだけだけどな。 数日前から感じていたことではあるが、古泉の様子がどうにもおかしい。 俺は真剣な口調で訊ねた。 「いったい、何があった?」 「正直にいいますと、昨今の情勢の変化で『機関』内の僕の立場が微妙になってましてね」 切り札の一つを行使しなきゃならんような事態にでも陥っているのだろうか。 「敵対勢力が本格的に動き出したことで、『機関』内の意思統一が崩れてきているのです。もともとそういう傾向はあったのですが、昨今の情勢変化でそれが加速してます」 古泉は抽象的な言い方でぼかしているが、もしかしたらやばいんじゃないのか? 「僕の今の立ち位置は、橘京子のそれに近いともいえます。まあ、今すぐ危難が迫っているというわけではないのですが、敵対勢力の動きによっては『機関』内で孤立してしまうかもしれません」 携帯電話はいつも前触れもなく鳴り出すものだ。この時もそうだった。 古泉と俺の会話を中断させたのは、ハルヒからの電話だ。 「ちょっとキョン! あんた、何ちんたらしてるのよ! 佐々木さんが待ちくたびれてるわよ! さっさとしなさい! 5分以内!」 喫茶店の店内全域に聞こえるんじゃないかと思うほどの声量だった。 俺が口を開く前に、古泉がヒョイっと携帯電話を奪い取り、 「すみません、涼宮さん。あまりにも量が多いので途中で休憩していたのですよ。すぐに戻りますので、なにとぞご容赦を」 そういうと電話を切って俺に返してきた。 そして、自分の携帯電話を取り出して、すばやく電話をかけだした。 「古泉です。すみません。ちょっと野暮用を頼まれてくれませんか? ええ、そうです。橘さんと情報交換しているうちにすっかり時間を食われてしまいまして」 そのあと、古泉はずらずらと買い物リストを読み上げた。 10分後、喫茶店の店前に黒塗りのタクシーが現れた。 運転席に座っているのは、毎度おなじみ、新川さんだ。後部座席には、本来俺たちが持って帰らねばならなかったはずの荷物がつんであった。 なんとなく申し訳ない気持ちになりつつ、俺は古泉とともにそのタクシーに乗り込んだ。 マンションの長門の部屋。 ハルヒが定めた制限時間を大幅にオーバーしてたどり着いた俺たちを見るなり、ハルヒは、 「遅刻! 罰金!」 俺だけを指差して、そう宣言した。 「なんで俺だけなんだよ。古泉だって同罪だろうが」 「どうせ、途中で休もうなんて言ったのはキョンなんでしょ。古泉くんは被害者だわ」 とんでもない冤罪だ。 むしろ、遅れたのは古泉側の事情だぞ。橘は古泉の相手なんだからな。 しかし、ハルヒ相手にそれを言うわけにはいかない。結局、俺が罪を被るしかなかった。 「今度の奢り代は『機関』から出しますよ。さすがに今回は僕絡みの事情ですからね」 古泉が俺の耳元でそうささやいた。 是非ともそうしてくれ。『機関』は経費に厳しいそうだが、これは認められる経費だろう。そうでないと困る。俺の財布はすでに非常事態宣言を出したいぐらいの危機的状況だからな。 女四名は台所でかしましく(といっても長門は相変わらず無口だが)準備をし、男どもは居間でだべっていた。 「仲良きことは美しきかな、といったところですか。佐々木さんがさっそくなじんでくれたようで、少しは安心といったところです」 まあ、寄ってくる相手をはなから拒絶するような奴ではないからな。 「このまま佐々木さんをこちら側に引き込んでしまえば、敵対勢力の意図を封じられる可能性も高まります。あなたには期待してますよ。ただし、涼宮さんの機嫌の損ねないように留意してもらいたいところですが」 「そんなのは関係ねぇよ。おまえらだって、佐々木だって、俺の友人だ。みんなで仲良くやるに越したことはないさ」 台所の様子をうかがう。 ハルヒの手際のよさは、解ってはいたが専業主婦顔負けだ。野菜を刻む包丁さばきも、ダシの取り方一つを見ても、よくぞここまで難なくこなすものだと感心するぜ。 それは佐々木も同じだったらしく、 「その感想は僕も共有するね。家庭科の成績は人並みのつもりだったけど、涼宮さんの前じゃ霞んで見えるよ」 「こんなの慣れたら誰だってできるわよ」 ハルヒは言った。小皿で鍋汁の味見をしつつ、 「あたしは小学生のときから料理してるんだもの。家族の誰よりもうまいわよ。あ、みくるちゃん、醤油とって」 「はぁい」 そういやハルヒが弁当を持ってくることは稀だが、オカンは作ってくれないのか? 「言えば作るでしょうし、たまに作りたがるけど、あたしが断ってんの。お弁当がいるときは自分でやるわ」 ハルヒは若干複雑な表情となり、 「こんなこと言うのもなんだけど、うちのおか……母親はね、ちょっと味オンチなのよ。舌がおかしいの。おまけに調味料を目分量で入れたり魚の焼き加減も適当なもんだから、同じ料理でも毎回味付けが違うわけ。あっ、有希、味醂とって」 「……」 長門は無言で味醂を差し出した。 できあがったものは、ごった煮スープカレーとでもいうべきものだった。 味付けは、長門がベースを提示し、ハルヒが隠し味をドバドバとつきこんだそうだ。 正直に言おう。滅茶苦茶うまかった。 食べ合わせというものを完全に無視したカオスのような具材も、そのスープにかかると、魔法のようにうまくなるのだ。 その場は終始楽しい雰囲気だった。それは、途中から参加したSOS団名誉顧問殿によるところが大きいだろうな。 鶴屋さんにかかれば、佐々木だって、ものの5秒でお友達だ。 楽しい歓迎会が終わっての帰り道。 出身中学が同じであれば、帰る方向も似たようなものになるのは当然のことで、俺と佐々木は、連れ立って歩いていた。 この機会に訊いておきたいことがいくつかある。 俺は単刀直入にこう切り出した。 「おまえ、どこまで知ってるんだ?」 「まあ、橘さんからだいたいの話は聞かせてもらったよ。でも、丸ごと鵜呑みにする気もないし、彼女の提言をすぐに受け入れるつもりもない。僕としては、自分自身の目で情報を集めてから判断したいといったところだ」 「それが、SOS団に入った理由か?」 「その通り。まずは、涼宮さんの人柄を確かめたかった。これは、僕個人としても興味があるところでもある」 確かに、ハルヒは興味深い人物かもしれんが。 「しかし、涼宮さんは、遠まわしな腹の探りあいというものは嫌いなようでね。いきなり、『正々堂々と勝負よ!』と宣言されてしまったよ。僕も受けて立たざるをえなかった」 「おいおい、いったい何の勝負をするってんだ? あのハルヒは超絶的な負けず嫌いだぞ。勝負となったら絶対に負ける気なんかねぇぜ」 「そうだろうね。でも、僕も受けて立った以上は、負けるつもりはないよ。何の勝負かは、君には秘密だ。君にそれを気づかせることそれ自体も、勝負の内容に入ってるのでね」 佐々木がそのつもりなら、いくら追及しても無駄だろう。 俺は、そう思い、それ以上は突っ込まなかった。 「長門さんと朝比奈さん。あの二人が、この勝負に加わっていないのは、ちょっと意外だった。二人のそれぞれの背景事情が理由だろうというのは、すぐに想像がついたけどね。あるいは、負けると分かっているから最初から参加する気がないのか」 何の勝負かは知らんが、あの二人がハルヒに本気の勝負をしかけるとしたら、よほどのことだろうな。それこそ、世界の終わりが来てもおかしくないような。 「僕もここ二日ばかりの経験で、自分の立場が非常に不利なものであることを認識させられたというのが正直な感想だ。僕から見ても、涼宮さんはとても魅力的な人物だよ。それに加えて、僕には一年近くのブランクもある。挽回するのは正直きついだろうね」 俺は、佐々木の言葉の意味がさっぱり理解できなかった。 だから、俺は話題を切り替えた。 「ところで、今日は、塾はないのか?」 特に意味があっての質問ではなかったのだが、佐々木の答えは意外なものだった。 「やめたよ。通信教育に切り替えた。親の説得に骨が折れたけどね。塾までの通学時間が人生においていかに無駄な時間かを説明して、何とか納得させることができた」 佐々木があの小難しいセリフまわしで懇々と説得している様子をイメージしてみた。 佐々木の御両親も災難だったな。 「今の僕には、SOS団の活動に支障を及ぼすような要素はない。そういうことだよ」 そして、別れ際、佐々木は独り言のようにこういい残した。 「ここ数日の経験で、僕はつくづく思ったよ。涼宮さんたちに、そして、橘さんたちにも、特殊な背景事情に全く関係なしで出会えていたら、どうなっていただろうか、とね」 佐々木よ、それは贅沢ってもんだぜ。 特殊な背景事情がなければ、そもそも出会うことはできなかった。それだけは確かなんだ。 だから、俺はそれを受け入れる覚悟はできている。 だが、佐々木は、超常的な状況に巻き込まれてからまだ数日だろう。覚悟を固めるにはまだ短すぎる時間だろうな。 てなことを考えつつ、俺は帰巣本能のおもむくまま自宅へ戻った。 涼宮ハルヒの驚愕γ 2 へ続く
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「いやーすっかり遅くなっちゃったわね」 全くだ。現在時刻、午後9時半。部活にしては遅すぎるぜ。 朝比奈さんなんかさっきからあくびをかみ殺してばかりだ。ふぁあ。あくびうつった。 とりあえず、早く帰って休もうぜ。明日休みとは言え疲れをためるのは良くない。 「わかってるわよ!…キョン、古泉くん!」 何だ。 「何です?」 「女子をそれぞれの家に送りなさい!こんな時間に女の子が一人で歩いたら危険よ!」 あのなハルヒ、こんな時間になったのはお前が… 「わかりました。ここから一番近いのは長門さんの家ですね」 「じゃあみんなで有希の家へゴー!スパイダーマン♪スパイダーマン♪」 近所迷惑になるからスパイダーマンのテーマ(エアロスミス)歌うな。 「ぅう…暗いですね…」 すみません朝比奈さん、俺がついてますから…本当だったら真っ先にあなたを… 「…キョン」 何だよ… --------- 何となく喋りながら歩き、ほどなく長門のマンションに着いた。 まだ更に朝比奈さんの家・ハルヒの家へと行かなけりゃならん事を考えると少々気が滅入るがまぁ仕方ない。 じゃあな長門。また学校でな。 「………」 「どうしたの有希?」 マンションの門で立ち止まったままの長門に、ハルヒが問い掛ける。 確かに様子がおかしいな。どうしたんだ? 「…あそこ」 「…ぁあっ!ひぃい…」 長門の視線が指す先を俺が見る前に朝比奈さんの悲鳴が夜の住宅地に響いた。 おいおい…あれは… 「おやおや…これは」 おやおやって…お前な… 「キョ、キョン!何なのあれ!」 俺に聞くな!俺にはアレにしか見えんが… 「…有機生命体の言語で言うなら」 待て待て。俺は認めたくないんだ。何かの間違いだ。特撮だ。 「あれは幽霊」 ……はぁ… 「ふみゅう。。。」 崩れ落ちる朝比奈さんを古泉と支えながら、長門に尋ねる。 マジで言ってるのか?幽霊なんてホントにいるのかよ。 「いるじゃない実際に!あたしだってそりゃ100%信じてたわけじゃないけど、 幽霊なんていないって言うならアレは何よ!」 確かにハルヒが指差す先には、中学生くらいの女の子が… その…何だ。浮いてるんだ。宙に。 それに俺は長門に聞いてるんだ。なぁ長門、本当に幽霊なんか… 「…あなたは誰?」 …は?何故それを俺に向かって言うんだ?聞くならアッチだろ? 「あなたに聞きたい。答えて。」 …何か意図するところがあるみたいだな。 俺は俺だ。これでいいか長門。 「いい。次の質問」 ……… 「なぜあなたはあなただと言い切れる?」 ……解らん。 「降りてきなさーい!あんたに聞きたいことがあるのよ!」 向こうでハルヒが拳を振り上げ何やらきゃいきゃい騒いでいるがとりあえず無視する。 「…自意識という情報があるから」 「自分、という概念」 「その情報はとても大事」 「それが確立していないとヒトは自他の境界線を失う」 「だから自意識の情報には強固なセキュリティがかかっている」 「普通死後は全ての情報が破棄されるが自意識の情報はそのセキュリティのせいで残る事がある」 「それが幽霊」 要するに、自意識情報が魂みたいなもんで死後に残ってしまうといわゆる幽霊になるってわけか? 「そう」 なるほどな… 情報統合思念体なんてものの存在を知った今じゃ、 幽霊が完全削除するのを忘れてゴミ箱フォルダに残ったデータだ、 とかいう突拍子もない話の方が、もっともらしい心霊番組よりよほど信じられる。 「キョン!あんたさっきから人を無視して!」 …あぁ、すまん。 「あいつ捕まえるわよ!」 幽霊をどうやって捕まえるって言うんだ! 「頑張るのよ!」 「そうですよ。努力は時に天才を打ち負かすものです」 …古泉を本気で殺したいと思ったのは初めてだ。いや初めてか…?まぁいい。 あのなお前ら、 「あっ!消えた!」 なにっ? さっきまでヤツがいた所を見ると…確かに消えていた。 あぁ…俺の頭にわずかに残っていた特撮説も、一緒に消えちまった。 一般人よりもちょっとばかり超常現象に耐性がついてる俺は、 幽霊が消えた事に驚くよりもさっきから最高の笑みを崩さずこっちを見ているハルヒが、 次に言うだろうセリフを予測しうんざりしていた。 「探すわよ!」 ってな。…まぁいいが、 探しに行く前に、朝比奈さんを起こさないとダメだろ。 「そうね。みくるちゃん起きなさい。気絶なんかしてる場合じゃないわよ」 「う…ん…」 俺の腕の中でかわいらしい声を出す朝比奈さん。 自制しなければ…ってうわぁ! 「……」 いきなりがばっと立ち上がった朝比奈さんは、黙ったまま俺達に視線を向けた。 「みくるちゃん…?」 「これは少々厄介ですね…」 どういう事だ古泉。 「朝比奈みくるの自意識情報が一時的ブランク状態である事を利用して入り込んだ」 …えっとつまり… 「朝比奈さんが気絶しているスキに幽霊が憑りついたということです」 「みくるちゃんが憑りつかれた!?凄いわみくるちゃん! 日頃から巫女さん衣装とか着せてるから霊媒体質になってたのかも!」 …何でそんなに嬉しそうなんだ。 しかし、ハルヒがいくらつねったり胸をつついたりしても無反応な事を考えるとどうやらマジらしい… 「あなたたち」 朝比奈さん(霊)が突然口を開いた。 「あなたたち、私が怖くないの…?」 朝比奈さん(霊)は、朝比奈さんの声で俺達に問い掛けてくる。 不思議と恐怖感は全くない。奇妙なものに遭遇するのにも慣れてきたしな。 「全然大丈夫!ところで、あんた名前は?」 「…ちひろ」 「ちひろちゃんね!どうしてあたし達の前に出て来たの? あと、憑りつくってどんな感じ? そうそう、どうやったら幽霊になれるの?」 朝比奈さん(霊)、どうやらちひろというらしいが… ハルヒのヤツ…幽霊に質問攻めとは… 「好ましくない状態」 長門が呟く。 「一つのフォルダに二つ自意識情報が入っている」 「このまま朝比奈みくるの自意識情報がブランク状態から復帰したら」 「…重大な人格障害を起こす危険がありますね」 「…そう」 人格障害…?まずいじゃないか。何とかならないのか…? 「入り込んだ自意識情報を削除すればいい」 「しかし、セキュリティはどうするんです?」 「外部操作によってセキュリティを解除する」 「正確には自ら解除させるよう仕向ける」 わかったぞ。つまり俺達が幽霊ちひろの未練みたいなのを取り払ってやれば、 セキュリティは解除されるって事だな? 「飲み込みが早いですね。驚きましたよ」 「私も驚いている。 こうも容易に理解することは予測していなかった」 ただ幽霊モノの基本を言っただけなんだが…なんかムカつくな… 長門まで… 「おーいあんたたち!」 俺達をそっちのけで朝比奈さん(霊)となにやら話していたハルヒが、彼女の手をひいてくる。 「ちひろちゃん、生きてた時に付き合ってたひとと話したいんだって!」 またベタな展開だが…いいのか、長門。 「…」コク 正直こんな時間に見ず知らずの人を訪ねるのはどうかと思うが、 朝比奈さんの事を考えれば仕方ない…か。 で、場所は分かってるのか? 「大丈夫。あの人の事はいつも感じているから」 幽霊ならではの能力ってわけか。 「形のない情報として存在しているから自他の境界線はない」 ふむ。 「だから他人を自分として認知することもできる」 頭が痛くなってきた…とにかく行こう。 「こっちです…」 俺達は朝比奈さん(霊)…ちひろについて歩く。 どうやら彼女の恋人の家は例の公園の方向にあるらしかった。 5分ほど歩いたところでふと、ちひろが足を止める。 「………」 …ここか。 「ここね!じゃあちゃっちゃと済ませましょう」 待て! 何普通にチャイム鳴らそうとしてるんだ。 「だって出て来てくれないと話せないじゃない」 あのな…今何時だと… 「…あの…」 …! 「何かご用ですか…?」 …この人は…まさか? ちひろの方へ視線を向けると、彼女は泣きだしそうな表情で呟いた。 「道弘くん…」 やっぱりそうか… 俺達の後ろからやって来た、不審な顔で問いかけてきたサラリーマン風の男。 この人がちひろの探していた人物らしい。 「…どこかでお会いしましたっけ…?」 「あの…私…」 「わからないむぐっ!まいむんももっ!」 何やらわめこうとしたハルヒの口を抑え、古泉と長門に目で合図を送る。 俺達は邪魔者だ。空気を読もうじゃないか。 しばらく遠巻きに見る事にしようと、場を離れかけた時だ。 「何だかわからないけど、制服姿でこんな時間にうろついてたら捕まるよ? 早く家に帰りなさい」 事情を知る俺達にはとてつもなく非情に響く言葉を残し、彼は玄関に歩いて行ってしまった。 「…無理もないですね…彼は何も知らないわけですから」 「話くらい聞いてもいいと思わない!?ふざけてるわ! これじゃあせっかくちひろちゃんが…」 ガチャン… ドアの音がこんなに冷たいとは知らなかったぜ。 「顔が違うだけでわかんないの!? 死んじゃったら忘れるなんて酷い男だわ!信じられない!」 『パパ…か…りーっ』 「いいちひろちゃん、あんな奴の事忘れなさい! もっとマシな男がきっと…」 しっ!ちょっと静かにしろ!今… 『ただい…ちひ…』 …ちひろが息を飲むのがわかる。 いや、息を飲んだのは俺だったのかもしれない。 『ちひろねぇ、パパがかえってくるのまってたんだよ』 『ありがとう。でも夜更かしはダメだぞ』 「「あ…」」 ちひろとハルヒの声が重なる。 「みなさん、こっちを見てください」 古泉が芝居がかったポーズで指し示しているのは… 表札。 そこにはこうあった。 木下 道弘 早紀 千日旅 「これは、何と読めばいいんでしょうね」 「…ち…ひろ…私と同じ…字で」 「これは珍しいですね。きっと出生届を出すときも一悶着あったでしょう。 わざわざこんな字を当てるなんてよほど思うところがあったんでしょうね」 …ハルヒは、驚きと悲しみが混ざり合ったようなよく解らん表情で表札を凝視している。 かくん、と朝比奈さんの体が崩れ落ちる。何とか支えられたが、こりゃ… 「…長門さん」 「彼女の自意識情報は削除された」 …成仏したってことか? 「そう」 「じゃああなたは涼宮さんをお願いします」 再び長門をマンションに送った後、俺と古泉はそれぞれ二手に別れて二人を送ることにした。 あの後ハルヒが終始無言だった事を懸念してるらしい。 懸念だけじゃなく対処もしてほしいんだがな。 「………」 どうしたんだ。黙ってるなんてらしくないじゃないか。 「死んじゃった後の事考えてたの」 …ふむ。 「そしたら…怖くなって…」 あぁ。誰もが体験する感覚だ。自分が死んだらどうなるのか考えて、勝手に恐怖を感じる。 死んだらもう何も感じないし、何も感じない事も感じない。 feel nothingどころかdon t feel nothing の状態になるって事を考えると確かに怖い。 でもなハルヒ、今日した体験で死んでも自意識情報…魂は残る事もあるって解ったじゃないか。 お前ほど自意識の強い奴なら、絶対に幽霊になれると思うぜ。 「当たり前じゃない。幽霊になる方法もちひろちゃんに聞いたし、 死んだら絶対に幽霊になってやるって思ったわ」 …じゃあ何が怖いんだ? 俺は今日の体験で逆に死への恐怖感が減ったくらいだ。ほんの少しだが。 「ちひろちゃんは結局、道弘くんと話せなかった」 …そうだな。でも彼はちひろの事を忘れてなかったじゃないか。 「すれ違いなのよ」 …何がだ? 「例えるなら車道ね。すれ違う時、限りなく近づくんだけど 交わることはないの。だって正面衝突しちゃうでしょ?」 お前まで分かりづらい例えをするようになったか。 要はちひろは道弘さんと話したいし、道弘さんはちひろの事を忘れていないけれど---- 「もう一度二人が会うことはできないってこと…」 …そうか……… 「その事だけじゃないわ。 …そもそも道弘くんがちひろちゃんの事を死んでしまった後も覚えてて、 娘に同じ名前をつけたのって愛してたからよね」 そうだろうな。 「あたしが死んだ時、誰かが同じ事してくれるのかなって考えたら… また怖くなって。」 ハルヒ… 「…あたし死んだらあんたのとこに化けて出るわ」 ……… えーっとこの脈絡でそういうこと言われると…どう反応していいか… 「何よ。イヤなの?」 いや、そういうわけじゃないんだが… お前より先に俺が死んだらどうするんだ? 「あたしのとこに化けて出ればいいじゃない!」 そうする為には俺も幽霊になる方法を知らなければならないんだが… …何赤くなってんだ? 「…すごく、好きな人がいればいいんだって…! もうここまででいいわ!ありがとう!気をつけて帰りなさい!じゃね!」 …はぁ。 何と言うか… 死ぬ時は一緒に…なんて考えちまった俺が憎いぜ。 一緒に幽霊になっちまえば、同じ車線にいるわけだからな。 …疲れてんのかな。明日も休みだし、帰って寝よう。 To ハルヒ Sub 幽霊の件 Txt どっちかが先に死ぬって考えるから怖いんじゃねーか? 例えばお前が先に死んでも忘れられないとは思うが… まぁちょっとした思い付きだ。俺は寝る。 Fm ハルヒ Sub Re 幽霊の件 Txt バカな事言ってないで早く寝なさい!明日9時集合だからね! To ハルヒ Sub Re Re 幽霊の件 Txt 明日は何もなしじゃなかったのか!? Fm ハルヒ Sub Re Re Re 幽霊の件 Txt 今決めたの! fin.
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「俺、今日で辞めるから」 ”退部届け”とヘッタクソな文字が書かれたノートの切れ端を団長席に叩きつけて、皆が唖然としている間に俺は部室を出た。 勢い良く扉を閉める。 中からぎゃーすかとんでもない騒ぎ声が聞こえるが、無視して俺は帰路に着いた。 家路が終わるまでの間携帯が鳴りっぱなしだったが、着信は全部クソッタレSOS団員ばかりのものだ。その中でもハルヒからの物が圧倒的に多い。八割がたといったところだろうか。 あの無機質宇宙人モドキの長門からも複数回の着信があったことには少し驚いたが、俺は全てに着信拒否を――途中でめんどくさくなって、携帯を川に投げ捨てた。 残しておきたいメモリーなんて無いしな。 家に帰ると何度か固定電話が鳴っていた。 だが、流石に家族に迷惑がかかるかと思ったのか、十回ほど無視してやった後は、電話が鳴ることはなかった。 そんな下らない所では気遣いしやがって……! 腹が立ったのでシャミセンの夕食をにぼしからうめぼしに変更してやった。くやしかったらまた喋ってみろ。 「キョンくん、猫ってうめぼし食べるの?」 「さぁな」 「ギニャース」 「なんだかシャミ嫌がってない?」 「美味しさに感動してるんだろ」 「テラヒドース」 「あれー、今シャミの鳴声変じゃなかった?」 「気のせいだろ」 「ギニャース」 すまんなシャミセン。でも怨むならアイツらを怨め。 その日は久々に快眠することが出来た。 次の日の朝、また何度か電話が鳴った。 母さんが俺に取り次いできたが、受話器を渡されると同時に叩きつけて切ってやった。 何か怒声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。 教室に入る。 案の定、アイツに行き成り絡まれた。 「ちょっとキョン! 昨日のあれ何!? それとどうして電話でないのよ!」 「携帯は川に棄てたからな。無いものには出られんだろ」 「どうしてそんな事……。そ、そんなことより退部って」 「退部は退部。辞めるんだよ、日本語くらい分らんのか」 「分るわよ! 私はどうしてそんな事するのかって聞いてるの! ……ねぇ、退部なんて冗談でしょ? ちょっとしたドッキリ、冗談よね?」 怒鳴りだしたと思ったら、困惑したり、縋るような顔したり、朝から忙しいうえにウザイ奴だな。 制服の裾握るんじゃねーよ、皺になったらどうすんだ。 そう言葉にして伝えてやったら、泣きそうな顔をして黙り込んだ。 やっと静かになったか。やれやれ。 授業中、ずっと背中に視線が刺さっていた。 初めは無視していたが、いい加減にウザくなってきたので、三時限目終わりの休み時間にこっち見んなと言ってやった。 「何よ何よ何よ……!」 途端、猛烈な勢いでヒステリックに喋りだす。 触るなと言ったのをもう忘れたのか、制服を掴んで意味不明な言葉を吐き散らした。 あぁウぜェウぜェ。クソウぜェ。 「勉強の出来る誰かさんは授業に集中しなくて良いから余所見ばっかりできていいなぁ。出来の悪い俺は授業に集中したいんだけどなぁ!」 頭を掴んで耳元で怒鳴ってやった。 クラスメイトから奇異や驚きの視線が集まるが、知ったことか。 怒鳴られたアイツは、勉強ならあたしが教えてあげるから退部なんてどうのこうのぬかしてやったが、俺が睨みつけるとびくっと肩を震わせて静かになった。 本当に忙しい奴だ。 昼休みになると同時に、弁当を片手に教室を出た。 アイツがずっと視線で追ってきたが、とくに何も言ったりはしなかったので無視した。 中庭。自販機横のテーブルで弁当を喰っていると、ニヤケ面の野郎が真剣な顔で近づいてきた。そのまま無言でイスに座る。 「……どういうつもりですか?」 主語無しに喋るな。あと飯が不味くなるからとっとと失せろや、チンカス。 「……昨日発生した閉鎖空間は」 「おいおいおい、まだ居たのか。耳あるかお前。人の話聞いてたか? あ? とっとと失せろっつーの」 「話を聞いてください! 涼宮さんはあなたの事を……」 とっても、すんごーく、メチャクチャ腹の立つ単語を口にしやがった上に、どうやら立ち去る気が無いらしいんで思い切りぶん殴った。 「ま!? ガっ、reーッ!?」 ニヤケ野郎は吹っ飛んで隣のテーブルに激突した。 化物とは一丁前に戦えるくせに、人間同士の喧嘩には疎いらしい。素人パンチを諸にくらったニヤケはうちどころでも悪かったのかうぅうぅ呻いてそのまま地面に蹲って立ち上がってくる気配すらない。 気持悪いので、俺の方が場所を変えてやった。 五時限目以降、五月蝿いあいつは教室を抜け出してどこかに消えていた。 あぁ、アイツ一人居ないだけで教室はこんなにもすがすがしい空間になるのか。 などと気分が良かったのに、アイツは放課後になるやいなや教室にドタドタと駆け込んで来た。 不快指数が一気に上昇する。そのまま俺の前までやって来たアイツをニヤケのようにぶん殴ってやろうかとも思ったが、クラスメイトの目がある手前、それは出来なかった。 それに毎度毎度それじゃ俺の方が疲れてしまう。もう充分疲れてるけどな。 せめてもと、思い切り不機嫌な顔で睨んでやる。 すると、アイツは肩を震わせながら喋りだした。 「……ねぇ、私たちが何したって言うの?」 「身に覚えがありすぎて答えられないな」 「……どうして古泉君にあんなことしたの?」 「アイツのことが嫌いだからだよ」 「じゃあ古泉く……ううん。古泉はすぐに辞めさせるわ。今日付けで退部にする! 私もアイツのこと嫌いだったし、ちょうどいいわ!」 沈んでいたと思ったら、何を元気に頓珍漢な事を言っているんだろうか。 まぁ良い。少しからかってやろう。 「そうだな。古泉だけじゃなくてお前以外の二人も退部にしたら俺の退部は考えても良いぞ」 「本当!? 約束よ!」 今度こそ本気で元気になったコイツは、目を爛々と輝かせながら「絶対だからね!?」と何度も言った後「ここで待ってて!」と残し、勢いよく教室から飛び出して行った。 ここまで単純だと逆にすがすがしいね。 それからしばらく。 俺以外のクラスメイトは全員部活に行くか下校してしまってから少し。 息を切らせながら、けれど元気に満ちた顔でアイツが教室に飛び込んできた。 これ以上待たせたら帰ろうと思っていたところだ。変にタイミングが良いな。 「っ、はぁ……や、辞めさせてきたわよ!」 「そうか。ご苦労」 「これでアンタが戻ってきてくれるならお安い御用よ! だから、約束……」 「あぁ。ちゃんと考えてやるよ。……そして考えた結果、俺は戻らない。じゃあな」 ひらひらと手を振りながら歩き出す。 笑い出しそうになるのを堪えていると、制服を強く掴まれた。 何だよいったい。 「な、なによそれ! ふざけないでよ! 戻ってくれるって言ったじゃない! 約束したじゃない! アンタが戻ってくれるって言うから皆辞めさせた! アンタが居てくれたらそれで良いから、それだけで良いから……私にはアンタしか居ないんだからっ!」 怒りつつ泣くという器用なことをしながら、なにやらとても愉快なことをぬかしやがる。 泣きそうな顔なら見たことあるが、実際に泣いた顔というのは初めて見たな。感慨なんて物は無いが、流石に少し驚いた。コイツも人間並みの感情はあったのか。泣いている理由はよく分らないが。 「戻るじゃなく、考えるって言っただろ。俺は」 「知らない知らない知らない! わかんない! もう! 昨日からキョンが何言ってるのか全然わからないっ!」 顔を真っ赤にして大粒の涙をぼろぼろと零し、イヤイヤと頭を左右にぶんぶんと振りながらヒステリックに叫ぶ。 「だから言ってるだろ。俺はお前の変な団体を抜けるって――」 「嫌よ! 嫌! 聞きたくないっ!」 「いい加減にしろよ! 聞けよっ! 俺は、」 「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌あああっ!! そんなのっ、絶対に、いやぁあああああああっっ!!!」 「……っ」 俺の言葉を聞こうとしない。両手で自分の耳を塞ぎ、壊れた玩具のように嫌と繰り返す。 元々可笑しかった頭を辛うじて堰き止めていた取っ掛かりが取れちまったようだ。 俺は大きく息を吸い込んで、 「何度も言わせるなよ! 辞めるんだよ! ていうかもう辞め――」 怒鳴るのを止めたと思ったら、ブツブツと呟きだしたコイツを見て血の気が引いた。 「キョンが居ないと意味ないの。キョンが居ないと嫌なの。キョンが居ないと面白くないの。キョンが居ないと悲しいの。キョンが居ないと辛いの。 キョンが居ないと寂しいの。キョンが居ないと退屈なの。 キョンが居ないと嫌なの。キョンが、キョンが。キョンキョン、キョン……」 「……たん、だよ」 うわぁ。流石にこりゃ不味い。ヤバイ。いっちまってる。 からかってたつもりが、どうやら良い感じにぶっ壊してたらしい。 とりあえず何とかしないと。後ろから刺されるのもゴメンだし、自殺されるのも気分が悪い。退部は決定だが、この場を納めるくらいには折れよう。 「落ち着けよ。落ち着けって! おい!」 両手首を掴んで、真正面から怒鳴りつける。 「ハルヒ!」 名前を呼びながら、身体を揺さぶってみる。 しかしコイツ……ハルヒは、小声で「キョンキョンキョン」と不気味に俺の名前を呟き続けるだけだ。 「ハルヒ! ハルヒ! ハルヒっ!!」 何度か繰り返すが、まったく効果が無い。 糸の切れた操り人形のように体はぐったりとしてるものの、呟きは相変わらすだ。 涙と鼻水を垂れ流し、虚ろな瞳で俺の名前を呼び続けている。 マジカヨ。手遅れか? 死人が出るのか? バカ。バカハルヒ。俺はお前の眼の前に居るだろうが! ――白雪姫 ――Sleeping Beauty 「……」 それは天啓というか、悪魔の囁きというか。 突如閃いた……というか、脳裏に過ぎったその二つの言葉は、確かに現状を打破できる天国への扉の鍵かもしれないが、同時に俺を奈落の底に叩き落す地獄の門を開く鍵でもあるだろう。 あぁ、だけど、やらない後悔よりやる後悔。 今のハルヒに負けず劣らずイカれていた女の言葉を自分を誤魔化すための免罪符にして、俺は自分の唇をハルヒの唇に押し付けた。 「あ……、キョン?」 「クソバカ野郎。やっと落ち着いたか」 僅かの逢瀬。あのときの、まだ楽しかった頃の記憶が完全に蘇らないうちに、俺は唇を離した。溢れていたハルヒの涎が俺の唇にも付着して、二人の間に橋をかけていたのが気持悪かった。 「……」 「……」 図らずとして、見詰め合う。 何が悲しくてまたコイツとキスなどせにゃならんのだろう。 コイツや、何があっても涼宮主義な狂信者に耐え切れなくなって退部したと言うのに。クソクソクソ……どうして上手く行かないんだよ。 「……はぁ」 溜息を吐き出す。まぁ、退部することには変わりない。こんな事があったからと言って、考えを変える気もない。しかし……少しコイツらとの接し方は見直すか。今回のような事が何度もあったなら堪らない。クソッタレの古泉にもやりすぎたと……いや、アイツはどうでも良いか。 そんなことを考えていたら、宇宙言語よりも意味不明な言葉が聞こえてきた。 「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ、エロキョン!」 「――は?」 「誰も居ない教室に連れ込んで、ご、強引にキスするなんてアンタ変態よ! この後は何するつもりだったのよ!?」 先ほどとは違うだろう意味で頬を赤くし、そっぽを向きながら巻くし立ててくる。 涙と鼻水と涎をはっつかせた顔のままでだが、虚ろだった瞳には生気が戻ってきている。だが、何となくだが濁っていた。 「まったく。油断も隙もあったもんじゃないわね」 「……」 あー。 なるほど。 手遅れだったのか。 「……アンタ、このまま襲うつもりなんでしょ」 ちらちらと此方を見ながら、可哀想なことを言うハルヒ。 「……別にアンタとするのは嫌じゃないけど。もっとムードとか、順序とか色々大切なものがあるでしょうに」 お前は大切なもんが壊れてるんだよ。 「……アンタ私のことどう思ってるのよ。それくらい言いなさいよ」 嫌いだ。大嫌いだ。 「私はアンタの事が大好きよ……。ねぇ、体目当てでも何でも良いから、傍に置いてよ。捨てないでよ。約束してよ。そうしたら、何しても良いから。何でもしてあげるから」 「もう喋るな」 言って、おもむろに抱きしめた。このままコイツの言葉を聞いているとこっちまで頭がおかしくなりそうだった。力に任せて、思い切り抱きすくめた。 「ちょっと! 痛い……って、あぁ、ふーん……なぁーんだ。キョンも私のことが好きなんだ。そうなんだ。よかったぁ、あはは」 そっと俺の背中に手が回される。歪な笑い声が蟲のように俺の頭の中をカサカサと這い回っていた。 「ねぇ、しないのぉ?」 しないよ。するわけないだろ。 「どうして?」 どうしてもだ。 「私はキョンが好き。キョンも私が好き。何の問題もないじゃない」 「少し静かにしてろよ。拭きにくいだろ」 このまま帰らせるわけにはいかないということで、俺はハルヒの顔を拭いてやっている。 その間中ハルヒは俺のどんなところが好きだとか好きだとか好きだとか、そんなことばかりを喋っていた。頭がどうにかなりそうだった。 「あ……ぁ、あぁ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」 俺が少しキツく言えばすぐにコレだ。この世の終わりみたいな顔をして、嫌いにならないでだの、捨てないでだの、傍に置いてだの、一緒に居てだの、何度も何度も何度もごめんなさいを繰り返す。 「捨てないよ。嫌いにならない。だから今すぐ止めろ」 「……うん。やっぱりキョンは優しいのねぇ。よかったぁ。うふふ」 濁った目でえへへと笑うハルヒ。桜色の唇を小さく開閉させて、ちゅ、ちゅ、と音を立てるのがキスをせがんでいるのだと気がついたけれど――そんなこと出来ない。したくない。 気づかない振りをして、制服の乱れも直してやった。 「むぅー」 そんな顔されても、キスなんかしない。 それよりそんな目で俺を見るな。何度も言うけどさっきから頭がおかしくなりそうなんだ。 「……恥しいじゃない」 なら自分でやれよ……などと言うものなら、また泣き出してややこしいことになるので黙っていた。 「くすぐったいわよ。何処触ってるのよ、エロキョン」 「動くなって……ちゃんとしないと恥しいだろ」 「だから恥しいって言ってるじゃない」 「そういう意味じゃないって……ほら、終わったぞ」 最後にスカーフを整えてやった。ぽん、と軽く肩を叩く。 俺が制服を直している間じっとしていたハルヒは、はにかみながら笑い、 「やっぱりやっぱりキョンは優しいわぁ」 重量がありそうなほどの大きな吐息を吐くと、頬にふんだんに朱を散らして目を細めた。 背筋がぞくりときたね。色んな意味で。ストーカーにつけ狙われるってこういう気持なんだろうな。 分りたくもなかったが。 「ほら、立てよ」 冷や汗をかきつつ、手をとって立たせてやった。 やおらしおらしいハルヒは「ありがと……」と、もじもじと指を絡ませている。 はっきり言って不気味だ。奇奇怪怪だ。もっとお前らしくしろよ。俺の嫌いなお前で居ろよ。それじゃないと、俺はお前を悪者に出来ないだろ。 「……帰るぞ」 「うん。キョンがそうしたいんなら、良いわよ」 にこりと微笑んで、俺の左腕に腕を絡ませてくるハルヒ。振り払おうとして……止めた。また泣き出されたら堪らない。ハルヒに見えないところで、俺は顔を歪ませ歯軋りした。 感情を昂らせないように気をつけつつ、何で俺がこんな目に遭わないといけないんだろうと恨めしく想いつつ、腕に感じるハルヒの柔らかさや温かさに劣情を感じぬよう、なるべく早足で歩いた。 ……しかし歩きにくい。周囲からの視線も痛い。 「おい、ハルヒ」 「んー? なぁに、キョン」 ご満悦なのか、生まれたての小鳥の羽毛のようにへらへら笑いながら上目遣いで猫なで声を吐くハルヒ。 止めろ気持悪い。そう言えないのに腹が立ち、ストレスが溜まる。 「歩きにくくないか」 「全然」 「なら暑いだろ。こんなにくっついてたら」 「そうね。でも平気。キョンが近くに居るって感じがして、嬉しい」 何を言っても無駄なようだ。 正直にキツく言えば離すだろうが、泣き出すだろう。……まいった。だから頬を染めるな。 「ねぇ、キョン」 「何だよ」 「このまま帰っちゃうの? 何処か行きましょうよ」 「課題が溜まってるんだ。勘弁してくれ」 本当に課題が溜まってるし、こんなハルヒと何処かに行くなんて考えられない。 ハルヒは「うー……」と唸っているが、俺の成績が芳しくないのを覚えているんだろう。駄々をこねるようなことは無かった。 その成績が下がっている理由の半分はオマエラの所為だという事には……気がついている訳無いか。 ていうか幼児退行してないか、コイツ。俺の気のせいか? 「分ったわ! じゃあ、私が手伝ってあげる!」 「……は?」 と、俺がメノウなブルーに浸っていると、また宇宙言語並に意味不明なことを言い出した。 「何だって?」 「だから。私が課題をするの手伝ってあげるって言ってるのよ」 名案でしょ? と絡ませてきている腕に力が入る。 嫌な記憶が蘇る。昔にもこういう事があったぞ。 「そうと決まったらこのままキョンの家に――」 「駄目だ。来るな。決まってない」 「良いじゃない。キョンの意地悪。……せっかく二人きりになりたかったのに」 「二人きりって……お前、変なこと考えてるだろ」 頭痛がしてきた。 本当にコイツは何なんだ。 「何よ何よ。先にキスしてきたのはキョンじゃない。しかも強引に」 「それはお前が……いや、でも、順序が大切とか言ったのはお前だろ」 「何よ何よ何よ。しても良いって言ったでしょ。好きって言ったじゃない。キョンは私としたくないの?」 その通りだこの馬鹿野郎。 そう怒鳴りつけてやれたらどんなにすっきりしただろうか。 「……ねぇ、キョン」 畜生。声を震わせるな。目尻に涙を溜めるな。ぎゅっと腕にしがみ付くな。 何でこう、変なところで妙に同情的なんだ、俺は。憐憫でも感じてるのか、コイツに。――そうかもしれない。あぁ、最悪だ。最低最悪だ。畜生。 「……したくなくはない」 「本当……?」 「あぁ。ウソついてどうする」 「……へへぇ。そうよね! 私達、好きあってるんだもんね……うん。よかったぁ。やっぱりキョンは優しいなぁ」 今日何度目だよ、それ。 またもや俺はハルヒの見えないところで顔を歪ませた。見る人が見たら、俺から黒い瘴気が噴出しているのが見えただろう。 「じゃあな」 「うん。また明日ね、キョン!」 申し訳程度に手を振ってやる。ハルヒは「さよならのキス」がどうのこうの騒いでいたが、どうやって嗜めたは覚えてない。覚えたくもない。 腕がちぎれるくらいにブンブンと腕を振るその姿は、俺が曲がり角に消えるまでずっと其処に在った。 「最低だ……」 溜息を吐き出して、自転車に乗ったまま道端の空き缶を思い切り蹴飛ばしてやった。 もっとも、それくらいで晴れる苛々のモヤモヤでも無い。カランコロンという音にすら苛つくほどだ。 明日から俺はどうすれば良いんだ? おかしな団体にはもう参加しなくて良いだろう。 だが、ハルヒ……アイツには毎日顔を会わす。そのたびにさっきみたいな事をするのか? 冗談。最低。最悪。 「毀しちまったのは俺だけどさ」 そもそも悪いのはアイツ等なのに。結局俺はこういう星の下でした生きられないってことなのか? えぇ、おい。クソッタレな神様よ。 「……はぁ」 ……勿論神からの返答なんてものは無く。 誰かさんの言うところでは神かもしれないハルヒはあんな状態。 こんなところで無宗教を悔やむとはな。 何でも良いから、縋れるものが欲しかった。 誰か俺と入れ替わってくれないか。全財産なげうっても良い。 溜息のバーゲンセールだ。欲しい奴は俺の所に来い。ただで売ってやる。 こういうときに相談できる奴が居ない。何て俺は寂しい奴なんだろう。 ――いっその事遊ぶだけ遊んで捨ててやろうか。今のアイツなら俺の言う事なら何でも聞きそうだ。 そんな益体も無い事を考えつつ自転車を漕ぐ。 最後のだけは少しだけ考えてみようか。……馬鹿か。 「……ん?」 もう直ぐ家だというところで、俺の家の前に夕陽の中、北高の制服が突っ立っているのに気がついた。 「……お前か。接触してくるとは思ってた」 自転車を止める。 長門は微動だにせずに、何の感情も表情も無く口を開いた。 「今回の件に関して、情報統合思念体――特に急進派は高い興味を示している」 「……」 相槌を打つ義理も、聞いてやる義理も無い。 けれど俺は言葉に耳を貸さざるを得なかった。急進派という単語には、未だに感じるものがある。 「今回、我々は完全に観察に徹する。ほかの派閥も同意見。これは未だかつてない事態」 ただ、と続け。 珍しく長門は――ほんの数ミリだけ、眉をしかませた。 「私という個体は……」 続きを聞かないように、俺は家に入り大きな音をたてて戸を閉めた。 また朝倉のような奴が襲ってくることは無い、とそれだけ知れば充分だ。 「……あんな顔しやがって」 玄関の戸にもたれかかり、俺は呟いた。 馬鹿。馬鹿野郎。 俯いて前髪を掴む。こんなはずじゃなかったと、今更ながら俺の心は悲鳴をあげた。 「ねーえ、キョン君。猫なのにどうしてドッグフードなの?」 「あぁ。買うとき間違えちゃってな。でも捨てたら勿体無いだろ」 「ワンワン」 「あれれー? シャミの鳴声なんか変じゃなかった?」 「気のせいだろ」 「ニャンニャン」 シャミセンを苛めても気分は晴れなかった。 バリバリ引掻かれた。 殴り返した。 妹に怒られた。 風呂に浸かって、ぼうっと天井を眺める。 天井にぶつかった湯気が集まって水滴になり、自重が表面張力を上回って、湯船に落ちてきた。 ぽちゃんという情けない音がヤケに浴室に響く。どうしてか、溜息が出た。湯気越しに見える灯りがキラキラと輝いてまったく綺麗だ。 「何やってんだかな、俺」 色んなことに耐え切れなくなって、可笑しな部活を辞めた。 アイツ等に冷たく当たって、キツくあしらって。そうしていれば、向こうから絡んでこなくなる……と、そういうはずだったのに。普通の高校生に戻れるとそう思っていたのに。 「ハルヒの奴、」 大丈夫かな、という言葉を飲み込んだ。 それだけは吐いてはいけない。この気持だけは持ってはいけないんだ。 ――だったらどうして放課後の教室で俺はあんなことをしたのだろう? 「……本当に、何やってんだか」 ハルヒの濁った目が、長門の――悲しそうな表情が、脳裏にこびり付いている。 俺の問いに答えてくれそうな奴は、非常に残念なことに見当たりそうになかった。 俺は優しくなんかない。 浅い眠りを何度も繰り返した。 当然寝不足だ。目の下にはうっすらとクマが出来ていた。 ……憂鬱な気分を引き摺って登校する。 心なしか自転車のペダルも重い気がした。天気も曇りだ。 通いなれた筈の坂道が今更だが絞首台へ続く階段に見える。軽い眩暈。はぁ。 しかし、そんな事より何よりも、 「キョン? 大丈夫? 顔色悪いわよ?」 俺が家を出たときからずっと付いてくるコイツの声が一番鬱陶しい。 玄関の戸を開けるなり、吃驚して尻餅をつくところだった。喜色満面の笑みをはっつけて「おはよ!」とのたまったコイツは、一緒に登校しようと思ってだとか何だとかで、三十分は俺の家の前で待っていたと言うのだ。 その手に手作りの弁当まで引っさげて。 ……また寒気を感じたね。それもおぞましい寒気。お前はストーカーかよ、という台詞を飲み込むのに苦労した。 「……寝不足なんだ。そういうお前は何時も元気だな」 「私の辞書に不調なんて言葉は無いのよ! ……そんなことより。駄目よ、夜更かししたら。風邪引いたらどうするのよ。まぁ、その時は私がつきっきりで看病するから大丈夫だけど……」 嫌味だったんだが気がつかなかったようだ。 それと看病なんか要らない。いや、出来るなら欲しいけど、お前だけはお断りだ。 「……頭に響くからもうちょい静かにしてくれ。割れそう、マジ」 頭痛を堪えるような仕草をして、呻くように言った。 そんな俺を見たコイツは、 「っ。その……う、ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」 案の定……俺の制服の裾を掴み、泣きそうな顔をしてごめんなさいを繰り返すのだ。 大丈夫? 大丈夫? と俺の顔を覗き込んでくる。って良く見たら少し泣いてるじゃねーか。 更に救急車を呼ぶだのと騒ぎだしたので、この辺で止めることにした。 「馬鹿、冗談だよ」 言って、ポンと頭を叩いてやる。 俺の顔は笑っているはずだが心の方はくすりとも笑っちゃいない。 ハルヒはころりと表情を変え、うっとりとした声でやっぱりキョンは何だとか言い出した。幸せそうな顔だな、と思った。とても不幸せそうな顔だ。 二人で歩く坂道は、叩き潰した糞みたいに地獄だった。 谷口やら国木田の能天気な顔が、髪の毛ほどの細い残像だけを残して、俺の記憶から消えた。 ハルヒのことで何かからかわれたりしたような気がするが、覚えてない。 俺の海馬には下らないことを刻む余剰スペースは生憎皆無なのだ。 ハルヒが休み時間になるたびに何か喋りかけていたような気がするが、右の耳から入って左の耳から抜けていった、という事くらいしかこちらも覚えていない。 あぁ、とか、うん、とか、そうか、と相槌くらいは打っただろうか。 一度授業中にシャーペンで背中を突っついてきやがったが、睨みつけて「止めろ」と言うとお決まりのごめんなさいと共に大人しくなった。 「……やれやれ」 漸く昼休みなった。漸くというのはおかしいかもしれない。ぼんやりとしていて、余り時間が流れていた実感が無い。 だというのに、陰鬱で酷くよくない物が、俺の心の中に溜まっていくのは明確に感じ取れていた。 そこに新たによくない物が追加される。 朝、ハルヒが作ってきていた弁当だ。 ……要らん、と突っぱねたら大泣きしたのでしょうがなく受け取ったが、喰わねばならんのか。 鞄の中に鎮座する女の子した包みと、お袋が持たせてくれた御馴染みの包みを見比べて、溜息を吐いた。 キンキンと癪に触る声がする。 「さぁキョン! 一緒に食べましょう!」 「……あぁ」 料理の腕は何故か良かったからな、コイツ。と無理矢理に自分を納得させて、俺は鞄からピンクと白のチェック模様を取り出した。 愛妻弁当じゃないのか、それ!? と騒いでいる馬鹿は誰だろう。良かったら変わってやろうか。寧ろ変われ。 「腕によりをかけたのよ!」 ……蓋を開けて嘆息する。これだけ手の込んだ物、三十分やそこらでは作れないだろう。朝何時に起きたのだろう、コイツは。まぁ、そんなこと考えるだけ無意味だけど。 機械的に箸を動かして、機械的に咀嚼した。 悲しいことに美味かった。 「まぁまぁだな」 「そ、そう? よかったぁ。ありがと。えへへぇ」 俺が食べている間は熊と対面したウサギのようだった顔に、向日葵が咲いた。 腹ごなしの散歩は日課だ。 これから夕食までの間にお袋の弁当も片付けないといけないので、体育の授業が無いのが恨めしい。 「腕組みも、手を繋ぐのも駄目だからな」 「分かってるわよ。学校だもんね。TPOは弁えないとね」 ……当然のように、ハルヒはくっ付いて来ていた。 俺が弁当を喰ったのがよほど嬉しかったのか、スティックスの『Come sail away』のサビを繰り返し口ずさんでいる。鬱陶しいことこの上ない。 着いてくるなと言うのは簡単だったが、泣いたコイツを嗜めるのは簡単じゃない。 人目のない所、例えば体育館裏などでガツンと言ってやろうか――家の前で待つな、弁当作ってくるな、喋りかけるな――とも思ったが、そんな所につれて行けば、頭の回路が全部ショートしたコイツは、 「……良いのよ? ここでしても」 濁った瞳を濡らして、そんなふざけた事を言い出しそうで。 連日コイツの”女”の顔を見るなんて気持の悪いことをしたくない俺は、ストレスやフラストレーションを溜め込むしかできないのだった。どの口がTPOだなんて高尚なもんを吐き出してんだ、馬鹿。 「明日は土曜日ね」 「……」 「キョン? どうしたの、また気分悪くなった? 保健室行く?」 一度無視しただけでこれか。 どうやら覚えていない休み時間の俺は、相槌だけはきちんと返していたらしい。 「ぼうっとしてて聞こえなかっただけだ。心配すんな」 「そう? それなら良いんだけど」 「で、何だって」 不思議探索だとか抜かしたらどうしてやろうか。 「あ、うん……あ、明日の事なんだけど。キョン、暇かなぁ、って」 頬を染めて、胸の前で指を絡ませたり、離したり。俯いて自分のつま先を見ていただろう瞳が、「って」の所で上目遣いに俺を見た。 悪寒が背筋を走るのを感じながら、俺は即答していた。シークタイム一ミリ秒以下。 「用事がる。大事な」 「……大事な、用事?」 「あぁ。メチャクチャ大事な用事だ」 もしも俺が暇だと返答すれば、その次にデートとかそういう類の台詞が飛び出すに決まっていた。 大事な用事など無いが、ここで突っぱねておかないといけない。傷口が広がる前に。 だとういうのに、 「……あたしよりも、大事?」 自分の制服の裾をぎゅっと握り締めて、ハルヒは上目遣いの瞳をふるふると震わせている。 マスカラで縁取りした安物の黒曜石にはありありと恐怖が浮かんでいた。 ――こいつ、化粧してるのか。 意味の無い思考が頭を駆け巡った。どうしてお前は自分で自分の傷口に塩を塗るんだ。 そんなこと聞かずに「そうなんだ」で済ませば良いじゃないか。また暇が出来たら教えてね、と当たり障り無いことを言って、話題を変えれば良いじゃないか。 あぁ、お前よりもな。 と言われるかもしれない事を自分でも予期しているから。だからそんな目をしているんだろう? この糞馬鹿野郎。 自分に自信が無いから。いつも根拠のない自信と傲慢に溢れていたお前が、紋章めいてすらいたそれらをどこかに落としてしまっていたから。 「……ねぇ、キョン」 蚊細い声。 俺はお前なんか大嫌いなのに、お前がぶっ壊れているから、 「馬鹿。そんな訳あるか。それに、明後日なら空いてる」 反吐を吐く気持でそんな事を言ってしまうんだ。 「本当!? よかったぁ!」 大好きよ、キョン! と。 抱きついてくるハルヒを、俺は無感動に抱きとめた。 午後の授業時間は、午前中に輪をかけてぼんやりと流れていった。 背後からは如何にも「私しあわせです」というオーラが漂ってきている。クラスの皆からは、微笑ましい視線や恨めしい視線が集まってきている。 首元には、生暖かい吐息の温もりが残っている。 もうどうにでもなれ、と全部投げ出せたらどんなに楽だろう。 でもそれでは負けだ。完敗だ。だから、俺は踏ん張らないといけない。 弱い俺をたたき出して、冷徹で冷酷な俺に生まれ変わって、可笑しなヤツ等と決別しないといけない。 そう決めた。そして退部した。……だというのに、俺は一番嫌いだった――だった?――奴と、今は格別にぶっ壊れてしまったソイツと、日曜日にデートする約束なんかをしてしまっている。 「――」 脳裏に過ぎるその考えは、滑るような自然さで俺に降って来たものだ。 ……この状況は、アイツの能力によるものなんじゃないか。 その考えは、ていのいい逃げ道のようであり、それでいて気を抜けばストンと腑に落ち納得してしまうようなシロモノだ。 天高く張られたロープの上を命綱無しで歩くような危うさがあり、一度足を踏み外せば、奈落の底に落ちて行く。 その考えを――この今の俺の状況が、本当にアイツの力の所為だとすれば、まさしくこの世は地獄だ。 俺がどんなに抗おうと、結局はアイツの望む状況と結果にしかならないのだから。 どんなに誇り高い決意で臨もうと、俺の目的が果たされることが無い世界。ただひたすらに、アイツが”しあわせ”になるよう成っている世界。 「……はぁ」 答えは出ない。俺が弱いのか、あいつの力の所為なのか。分らない。 こんな事になるなら、ニヤケ野郎を殴るんじゃなかった。それともヒューマノイドに聞けば分かるだろうか。ただ、アイツは観察に徹すると言った。それに、もうあんな顔は見たくない。 溢れそうになる陰鬱に何とか蓋をしながら、俺は机の中に入っていた一枚の便箋に視線を落とした。 『放課後、部室に来て下さい。お話があります。朝比奈みくる』 ――今起こっている出来事は全て既定事項です。 そう言われたら、俺の頭も狂うだろうか。 終わりのホームルームが終わる。 岡部が昨日学校の近くに不審者が出たから気をつけろ、と真面目な顔で。 なんでも例のお嬢様学校の生徒が被害にあったらしい。 いつにない岡部の態度だったからか、何故か耳に残った。背筋の裏にぞくりという嫌な予感は、気のせいだろう。不審者も何が悲しくて俺のような男を襲うんだ。……男を襲うから不審者なのかもしれないが。 「キョン! 一緒に帰りましょ!」 「帰らない。少し用事がある」 100ワットから、一気にブレーカーダウンへ。 あたしよりも大事なとか抜かす前に、俺はハルヒの頭にぽんと手を置いた。 「中庭かどっかでジュースでも飲んで待ってろ」 「う、うん……」 ころりと変わる表情や態度に、単純なやつだと心内で失笑する。 ――俺の気もしらないで。 このまま頭を掴んで机に叩き付けたやりたいという衝動は、理性がおさえ込んだ。 うっとりとした顔で自分の頭を摩るハルヒを残し、手を洗ってから、俺は部室に向った。 「……っと」 ノックをしかけた手を慌てて引っ込める。 何で気を遣わないといけないんだ。それに、アイツの言う分には退部になったのだから着替えてるわけであるまいし。 チッ。舌打ちする。それを習慣としてまだ覚えている俺の頭や身体に。忌々しい。 「入りますよ」 一応の上級生に対する礼儀でそれだけ言いつつ、返事もないうちに扉を開けた。はじめから返事を聞くつもりはないが。 ……それにしても。 話ならどこでも出来るだろうに、わざわざこの部屋を指定したのは俺に対するあてつけか嫌がらせだろうか。天然役立たず未来人のことだから、そこまで考えてるとは思わないが。 アンタの無能ぶりに嫌気がさしたんだよ! とでも言ってやろうかと考えていた俺の目に飛び込んできたのが、 「え、あ、キョンくん、やぁ、だめぇ」 なかなか扇情的な下着姿だった。 「……」 ――しばしの間、唖然。なんともいえない空気。 「……はぁ」 沈黙の天使を溜息で吹き飛ばして起動再開する。 思わず「すいませんでした!」と叫んで部室から飛び出しそうになる軟弱な俺を追い出して、無言で俺はパイプ椅子に腰掛けた。 「うみゅうぅ……」 下着姿のまま固まって、真っ赤な顔で意味不明言語を呻く未来人さん。 瞳を潤ませて俺を見つめているが、誘っているんだろうか。んなわけない。出てって欲しいんだろう。生憎だがそうしてやるつもりはもう無いが。 「固まってないでさっさとして下さいよ」 呼び出したのはそっちだろ、と。机の上に置かれていたメイド服に目をやりながら、呟いた。 コイツもさっきの俺のように「習慣」に囚われているんだろう。この部屋にきたら着替えて給仕活動しなければならないとかそんなのに。まったく律儀というか馬鹿というか単純というか。 「あうぅ……」 やたら白くて柔らかそうな肌までほんのり朱に染めつつ、のろのろと動く未来人さん。 素早く動くことは出来ないんだろうか。着替えるのかと思ったら、メイド服で身体を隠しはじめるし。 「で、でてってぇ」 俯いて、耳まで真っ赤にして、クリオネが水をかく音のように小さく。 少し前までの俺ならパブロフの犬の如く言われたとおりにしただろうが、今は苛々するだけだ。早くしてくれと言っただろう。 「どうして俺がアンタの言うことを聞かないといけないんですか」 言いつつ、上から下まで舐めるように見てやった。視姦とでも言おうか。そんな趣味は無いと想いたいが――しかしまぁ、劣情を抑えるのが困難な体だった。性犯罪者にはなりたくないが。 「――犯されたくなかったら、さっさと着替えて下さい」 なんなら手伝いましょうか? と笑顔で言ってやったら、かたかたと震えながらも物凄い速さで着替え始めた。途中何度か転んだりしたが。 ……出来るんなら最初からしろよ。まったく。 やれやれ、と肩をすくめた。一応言っておくが、犯す云々は冗談だからな。 「……ご、ごごめんなさいぃ」 着替え終わるやいなや、縮こまってぺこぺこと頭を下げてくる。 何がごめんなのか。今までの俺を巻き込んだ騒動の全部か、それとも着替えが遅かったことに対してか。知るヨシもないが、その程度で許しが降りる訳が無いのだけは確実だ。 「ふひゅっ!」 目を合わせただけで気持悪い悲鳴と共に後じさる。 俺を見る半べその目には、羞恥と恐怖がごっちゃになっている。だから冗談だってのに……扱いづらいというか、面倒な。 さっさと話だけ聞いてこの場を後にしたいと言う俺の願いはこのままでは確実に達せられそうにない。 ――その話の内容如何によっては、頭が狂って本当に犯してしまうかもしれないが、とにかく冗談だと言ってやることにした。 「一応言っておきますけど……」 びくん、と肩を震わせて俯く未来人さん。 「犯すとか冗談ですから。当たり前じゃないですか」 「ふぇ?」 意味不明の呻きとともに、頭をゆっくりと上げる。 あからさまにほっとしたような顔。 そして「で、ですよねぇ」と小さな笑い、胸に手を置いてはふぅと息を吐いた。天然もここまで来ると脳に欠損があるんじゃないかと思えてくる。 そんな可哀想な天然さんは俺が呆れているのにも気がつかず、 「あ、お茶淹れますね」 てとてととコンロの方へ駆けて行き、がたごとと急須やら茶缶やらを弄りだす。 「この前買ったのは……あれぇ?」 ふりふりと左右に揺れる形の良いお尻を眺めながら、溜息を吐いた。 どうやらさっさと話をする気は毛頭ないらしい。 暫くして「はい、どうぞ」と出されてきた湯のみを手に取り――そのまま投げつけてやろうと思ったが、これで最後だと一口だけ飲んだ。 「すご。まず。店で出されたら店長呼んで怒鳴りつけますね」 本当は悲しいことに美味かったが。 「飲めたもんじゃないです。俺のこと馬鹿にしてるんですか」 また半べそをかきだした未来人さんは、俺が茶の残りを床にぶちまけると本気で泣き出した。これ以上此処に居る気は無い。付き合ってられない。詰め寄って、俺は不機嫌な声を絞り出した。 「話ってなんですか。いや、一つ教えてくれるだけで良いです。これは”既定事項”なんですか?」 口ではさらりと言ったが、内心は戦々恐々としていた。 違うと言ってくれと懇願している俺とそれでも別に良いという投げやりな俺が混在している。 「どし、てぇ……ひどぃ、え、ぐぅ、ひっく、うぅ……ひっく、うぅ」 恐かった。本当は答えなど聞きたくなかった。むき出しの心臓にナイフを突きつけられているような恐怖感。膝が震えるのを我慢しなかった。 「ひっく、ふぅ、うっく、うひゅぅ……」 俺は今正常と狂気の境界線に立っている。どちらに一歩を踏み出せば良いのか。 ぶっ壊れたハルヒの相手などしたくもない。 それでも俺はしてしまっている。 その原因は何なのか。俺が弱いだけなのか。それともそうなるように成っているのか。 「ひゅっく、うぇ、えぐ、ううぅ……」 言ってくれ、早く。アンタの顔も見たくないんだ。泣いてる場合じゃないだろ、えぇ、おい。 「どうなんだよ! おい!」 怒鳴りつつ服を掴んで前後に揺さぶった。 小さな頭の真っ赤な顔がぐわんぐわんと揺れ、零れる大粒の涙が散らばって、はじける。 メイド未来人は嗚咽を大きくするだけで、俺の問いには答えようとしない。くるしぃと呟くだけだ。 ……苦しい? 違う。違う違う違う。苦しいのは俺だ。アンタじゃない。何時も何時も苦しいのは俺だった! 「腹を刺されたのも、車にはねられそうになったのも、全部俺だろ!」 ……どうしてか泣きそうだった。 一時は楽しかったかもしれない思い出が、今は忌々しい単なる記憶でしかない。 「あ、ぐぅ、えふっ、ごめん、なざいぃ……」 「ごめんなさいで――」 済むのかよっ! という、言葉を飲み込んだ。 今はそのことはどうでも良い。今はこれが既定事項かそうでないのか、それだけ知れれば良い。 それに―― 「けふっ、うぐっ、う、けほっ」 手を離す。青白くなったコイツ……朝比奈さんの顔を見て、少しだけ罪悪感。何も首を絞めるような真似はしなくてよかった。泣き喚かせる必要も無い。ただ、答えだけ聞けば良い。 それなのにこんな事をしてしまったのは、昨日からハルヒがらみでストレスが溜まっていたからだろう。 ――つまるところ、俺も既にどうにかしているのだ。 「すいません。俺、どうかしてるみたいです……」 反吐を吐く気持で謝罪の言葉をひねり出す。 解放されるや床に蹲った朝比奈さんの肩をそっと抱いて、背中をさすってやった。 こんなことをした手前だ。嫌がれるかと思ったがそんな事は無かった。 「ううん。ごめんね。ごめんなさい、キョンくん……」 それどころか、俺に謝る朝比奈さん。分らない。謝られる筋合いはふんだんにあるが、この状況でどうしてそんな台詞が出てくるだろうか。 「私、何も知らない、出来ない……だから、今までいっぱい迷惑かけたもんね。キョンくん怒ってもしょうがないもんね……」 今日だって、私が呼び出したのにぐずぐずしてたから。お茶淹れるのも下手糞だから。 と、泣きながらごめんなさいを繰り返す。俺の服をやんわりと掴み、鼻にかかった声で連呼する。 ハルヒといい、朝比奈さんといい、昨日今日はこんなのばかりだ。 「――」 何も言うことは無い。朝比奈さんの言うその通りだったし、今更謝られてもどうしようもない。 ……まぁ、お茶をぶちまけたのと首を絞めた形になってしまったのは俺が悪かったが。 だからと言ってもう一度謝る気にもなれず、俺は無言で背中を摩るのを続けた。 本当に、どうしようもない。 「んしょ」 時間にすれば五分も無かったかもしれない。けれど、酷く長い時間が流れたような気分だった。落ち着いたらしい朝比奈さんは、俺の腕の中からよろよろと立ち上がると、メイド服の裾で顔を拭った。 俺もならって立ち上がる。とつとつと朝比奈さんが語りだす。 「お話っていうのはね、キョンくんの退部のことと涼宮さんに辞めなさいって言われたことだったの。どっちもいきなりで吃驚しちゃって……」 あぁ、なるほど。それだけで理解する。 「――つまり、これは既定事項では無いんですね」 「はい。少なくとも私達の歴史とは違います……ついでに言っちゃうと、涼宮さんの力も関係ありません。古泉君がそう言ってました」 「そうですか。良かった」 ほっと息をつく。そんな俺を見て、朝比奈さんはぷりぷりと怒り出した。 「良くないです。このままじゃ私たちの未来が……あっ」 言ってからしまったという顔をする。強張った俺の顔を見てびくんと肩を震わせる。やれやれ。分かっているんだったら言わなければ良いのに。 「――俺の未来は俺が作るもんですから」 聞きたいことは聞いた。これ以上どうにかなる前に、俺は部室を出た。 その間際に――本当にごめんなさい――悲しそうな声が聞こえた気がしたが、気にしなかった。 中庭にも何処にもハルヒの姿はなかった。 そんなに長い時間が経ったとは思わないが、待ちくたびれて帰ったのだろうか。 そんなことを思いつつ、下駄箱まで来て俺は鼻から息を吐いた。そうだよな。帰ってるわけないな。 「……ふん」 俺の靴箱の前でハルヒが体育座りをしていた。 片手にオレンジジュースのパックを握り締めて。 「あ、キョン! 用事はもう終わったの?」 俺を見つけるやいなや、立ち上がって飛びついてくる。 新しい玩具を買って貰った幼児のように嬉しそうだ。相変わらず瞳の濁りはあったが、本当にしあわせそうな顔をしている。 ……あぁ。どうしてだろう。ハルヒの笑顔につられて、俺の顔も僅かだけ綻んでしまった。 俺の頭もハルヒと同じくらいに壊れてしまっただろうか? それとも既定事項ではないと聞いて気分が良かったのか。分らない。けれど、嬉しそうな奴の機嫌を損ねてやろうという気分にはならなかった。 「待ったんじゃないか? 悪かったな」 「う、ううん。良いの。ちゃんと来てくれたから」 「来ないかも、って心配だったのか」 だから下駄箱で待っていたんだろうな。靴を履き替えないと帰れない。 ハルヒは困ったような顔をしながら、少しだけ、と呟いた。 「心外だぜ。俺は約束は守る男だぞ」 「そう、そうよね。ごめんなさい。キョンは優しいもんね」 約束を守るのと優しいのは関係ないと思うが、まぁ良いか。 「喫茶店にでも寄って日曜日のこと話すか」 「う、うん……」 「……?」 おかしいな。喜ぶかと思ったが、何故か歯切れが悪い。おまけに怪訝な顔をしている。 不思議に思っていると、ハルヒは俺の身体に鼻を近づけて、すんすんと匂いを嗅いだ。 何してるんだ? と今度は俺がいぶかしむ。 俺から離れたハルヒはそれまで怪訝だった顔を――眉を顰め、目を吊り上げ、不機嫌にしたと思ったいなや、 「……この香水の匂い、用事って、あの女と会ってたのね!」 地獄の底から響く怨嗟のような声で、そう叫んだ。 「え?」 何を言っているのか一瞬分らなかった。理解できなかった。 豹変したハルヒの表情と剣幕に思わず一歩二歩と無意識に後ずさる。 「何を――」 言っているんだ、と続けられなかった。 ハルヒは呆然としている俺に詰め寄ってきて、物凄い力でネクタイを引っ張った。急激に首を絞めた苦しさよりも、恐怖の方が大きく沸き起る。 俺の顔に自分の顔を近づけ、ハルヒはまた叫ぶ。 「どういうことなのよっ!?」 耳を劈く怒声。 「……い、いや、朝比奈さんに、呼び出されて」 それに対し、俺は反射的に答えていた。 「部室に、行ってた」 「キョンの方から誘ったんじゃないのね……?」 「あ、あぁ」 かくんと首を折るようにして頷く。 言い訳をしたり、とぼけるといった選択肢は浮かばなかった。浮かぶ筈がなかった。 鬼気迫るとはこういう事を言うのだろう。 あの頃のハルヒでも見せたことの無いような、激怒も憤慨も通り越した感情の爆発だった。 本能的に悟る。 ヤバイ。ヤバイバイ。下手を打つな。恐い。誤魔化さず本当の事を言え。 「昼休みの間に、机に、手紙が入って、たんだ。その、退部のことで話が、って……」 息苦しさに耐えて、声を絞り出す。 「……」 ハルヒは濁った瞳を見開き、俺の瞳を覗きこんだ。 決して視線を逸らしてはいけないと警鐘が鳴る。気持悪さと恐怖に負けそうになる。だが、逸らしてはいけない。その瞬間、咽喉元に噛み付かれてもおかしくないのだから。それほど――そう思うほど、今のハルヒは異常だった。 「――」 心臓の鼓動する音が、早く、そしてやけに大きく聞こえた。 ――ドクン、ドクン。 耳の内に心臓があるかのような錯覚を覚える。締められ、渇いた咽喉。けれど唾液を飲み込むことすら出来ない。 「……そうよね。うん、そうに決まってる」 ――時間が流れるのが遅かった。 永遠にも感じた数秒間の後、ハルヒはぼそりと呟いて、何度も頷いた。 何かに酷く納得したようだった。俺の言い分を聞き入れたのだろうか? 般若のような形相が、元の表情に戻っていく。ネクタイを握る力をふわっと緩まった。いや、離した。 「げ、ほっ、ごほっ、……けほっ、つはっ、はぁ――」 首が解放され、スムーズに呼吸できるようになる。 足に力が入らなかった。よろめき、方膝をついて、咽喉に手を当てて思わず咳き込んだ。 ドクンドクンと、心臓はまだ高鳴っている。恐怖も消えず、鼓動も暫く治まりそうに無かった。 「……キョンは誰にでも優しいから、勘違いしてるんだわ、あの女」 ふと、よく分らないことをつぶやき出す。 怪訝に思う。いったい、何を言っている……? 気味の悪いことに、声音には何の感情も含まれていなかった。 目線だけをゆっくりと上げて、ハルヒの顔を見る。 「キョンは私の物なのに、あの体で誑かして……」 顎に手をあてて、ぶつぶつと。 言っていることはオカシイが、その姿は一見落ち着いたように見える。 「……嫌がるキョンに無理矢理せまったのね」 ――見えただけだった。 「ムカツクわね。ムカツクムカツクムカつく……ッ!」 忘れてはいけない。 コイツはとっくにぶっ壊れているのだ。 「……意地汚い雌豚、殺してやる」 濁り澱んだ黒く昏い瞳。焦点をあわせず、ただ虚ろに何かを見ている。 ――能面のような顔には、狂喜があった。 「うん。そうよ。それが良いわ。名案だわ」 ――ねぇ、キョン? 貴方もそう思うでしょ? 「……」 ハルヒは虚ろだった焦点を俺に合わせて、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。 背筋を何かとても嫌なものが這い上がるのを感じた。その問いに、俺はなんと答えたのだろうか。 馬鹿、そんなこと止めろ――? 思わない。何考えてるんだ、お前――? そうだな。それが良いな――? 分らない。分りたくもない。ただ、血の気が引く音が聞こえたのだけを覚えている。酷く昔の記憶が瞬間だけ、脳裏を掠めていった。涼宮ハルヒはあれでいてとても常識的だと。人が死ぬことなんて望んでいないと。誰が言ったのか。知らない。でも、俺も同調していた気がする。 でも、今は。 世界が反転した。俺は何も言っていなかった。口は間抜けに半開きになったままで、言葉を発していなかった。呆然とハルヒを眺めている。正視していない。ただ、視界の中に入っていたのがソイツだっただけ。あやふやだった。 でも、今のコイツは。 本気でやりかねない。いや、コイツは本気で朝比奈さんを殺すつもりだ。本気で名案だと思い込んで、本気で俺に同意を求めている。いやがるのだ、狂気の渦に、俺を巻き込もうとしている。 「……っ!」 俺は辺りを見回した。――灰色になっていないか? 立ち上がり素早く視線を巡らせた。けれど、世界は正しいままだった。 グラウンドの方からは運動部の掛け声が聞こえ、下校せんと脱靴場を出て行こうとする後姿、笑い声。 「何してるの、キョン? ねぇ、どう思う?」 ハルヒが近づいてくる。能面に歪な笑みをはっつけて、三日月に吊りあがる口は骨で作った釣り針のよう。くすくすくすと笑いがなら、俺に手を伸ばしてくる。 「……来るな」 本当に俺の物なのかと思うほど、低い声だった。 ……気持が悪い。恐い。 ……気味が悪い。逃げろ。 本能も理性も、満場一致で同意見……本気でコイツには拘わってはいけない。 「……キョ、ン?」 ハルヒが何を言われたのか分らないと、怪訝な顔をしている。 何だ、聞こえなかったのか? 何度でも言ってやる。そして、いい加減にしろ。本当に手遅れになる前に。いや、そんなことはどうでもいい。そんな顔で俺に近づくんじゃない! 「何言ってるんだよ、お前。殺すとか意味わかんねぇよ、冗談にしちゃあ趣味が悪すぎるぞ!」 俺はハルヒの手を思い切り叩いて払いのけ、大声で叫んでいた。 「じょ、冗談なんかじゃ……」 「……なぁ、止めろよ。そんな顔するなよ。そんな声出すなよ! 止めろよっ! 来るな、寄るな、触るな、馬鹿野郎っ!!」 すがり付いてこようとするハルヒを避ける。 伸ばされてきた手を、再び思い切り払う。痛いよキョン、という妄言。止めろ。 「止めろ、止めろ、止めろぉぉぉおおおっ!!!」 叫んで、咽喉の震えるままにありったけの感情を吐き出して、俺は駆け出していた。 上靴のまま外に飛び出して――すれ違う間際のハルヒの顔は死人のようで――全速力で走った。 自転車に跨って漕いで漕いで家に着き扉に鍵を閉めるまで、一度も後ろを振り向かなかった。 振り向けばそこにアイツが立っていて、にこりと微笑み、または泣きながら、 ――私の物にならないキョンなんか、死んじゃえ。 狂気に任せ、凶器を突き出してきそうで。 そんなものは幻覚だと言い聞かせても、夕飯も咽喉を通らず、まともに眠ることすらできなかった。電話は、鳴らなかった。
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「没ね」 団長机からひらりと紙がなびき、段ボール箱へと落下する。 「ふええ……」 それを見て、貴重な制服姿の朝比奈さんが嘆きの声を漏らす。 学校で制服を着ているのが珍しく思えるなんて我ながらオカシイと思うが、普通じゃないのはこの空間であって、俺の精神はいたって正常だ。 「みくるちゃん。これじゃダメなの。まるで小学校の卒業文集じゃない。未来の話がテーマなんだから、世界の様相くらいは描写しなきゃね」 ハルヒの言葉に朝比奈さんが思わずびくりと反射するが、ハルヒは構わず、 「流線形のエレクトリックスカイカーが上空をヒュンヒュン飛び交ってるとか、鉄分たっぷりの街並みに未来人とグレイとタコとイカが入り混じってるとか。そーいうのがどんな感じで成り立っているのかをドラマチックに想像するの。将来の夢なんかどうでもいいのよ。それにドジを直したいだなんてあたしが許可しないわ。よってそれも却下」 グレイは未来の人間だって説もあるんだから、下手するとその未来は単に魚介類が陸上歩行生物に進化しただけの世界になるかも知れんぞ。まあ、どうでもいっか。 ハルヒは朝比奈さんに対し一通りダメ出しを終えると、ふてぶてしく頬杖をついてピッと朝比奈さんの指定席であるパイプ椅子を指さし、そこに戻ってもう一度やり直しという指令を無言で示した。 「うう」 朝比奈さんがカクンとうなじを垂れる。 それはハルヒの電波な未来観にへこまされているわけじゃあなく、いや実はそれもあるかも知れないが、今はもっと別の理由が考えられる。それはリテイクの厳しさを三倍程度にしちまう理由だ。 指示を受けてずるずると定位置へと引き返す朝比奈さんの後姿を見送りながら、ハルヒは団長机をパシンと叩き鳴らし、 「ちょっとみんな! 今回はノルマも少ないし、ページ数だってやたらになくてもじゅうぶんなの! 気張りなさい!」 俺はやや不機嫌なトーンを呈したハルヒの叱咤を半身に受けながら、パソコンを挟んで対面している古泉へと鋭利にこしらえた視線をありったけ突き刺し、それを受けた古泉は苦笑しながら、予想外でしたという陳謝を俺にアイコンタクトにて返信する。 しかし、これまた困ったことになっちまった。 ハルヒの腕章に黒マジックでしたためられた文字が今は何を表しているのかもう分かっている頃だと思うが、現在の涼宮ハルヒの役職は編集長である。 それはまさに肩に書かれているだけで、自称以外の何者でもないのは既に周知の事実であろう。 とゆうか、打ち上げ花火のような事件のときに作ったその布切れをよっくぞまあ今まで保管しといたもんだ。俺としてはそれが再び陽の目をみることなく、そのまま日に焼けない様に永久保存されといて欲しかったね。今からでも遅くないぞ。ついでにSOS団の皆が抱えてるトラウマも一緒に凍結しといてくれ。 「……それも良いかもね」 カチリ、何か良からぬものを踏んじまった音がした。 幻聴であって欲しいと俺の耳は切に願ったが、 「そうだわっ! SOS団の偉業を未来人に知らしめるために、あたしたちの功績を遺産として残すのよ! 今回の詩集だってもちろん入れなきゃね!」 俺の目は、今にも花びらが炸裂しそうなハルヒスマイルを映していた。 「何にだよ」 わかっちゃいるがな。一応。 「タイムカプセルに決まってるじゃない!」 ハルヒは色めきたって、やけに懐かしいワードを口に出した。 まあ正直なところ、俺もその計画自体に物言いをつけようとは思わん。が、それにはこれから書かされるであろう詩集は入れないぜ。 「なんでよ?」 「なんでだろうな」 そんなもん決まってる。他動詞的に作られたポエムがまともな形を成すとは思えんからだ。 それに前回の機関誌ならハルヒの論文が未来人にも有用だそうだからまだいいものの、今度の詩集ばっかりは後世の人間が見たところで「こいつぁクレイジーなヤロウだ!」とかいった驚嘆句しか出てこないだろう。未来に欧米かぶれがいるかは知ったこっちゃないが、無駄な驚きで寿命を無為に減らすのは気の毒である。なので、出来上がった詩集は俺が墓場まで持っていこうと思う。 「…………」 ――何だか長門の無言が聞こえた気がした。気のせいか? 「ってゆーか、そんなことを話してる場合じゃないでしょうが!」 ハルヒが不機嫌を取り戻す。それもやるけど、と続けて、 「みくるちゃんは受験生だし、あたしたちもボヤボヤしてらんないでしょ。学校があわただしくなる前に今年分の会誌は急いで仕上げないと困るの! これにつまずいてる様じゃ、これから先の団の活動に支障がでちゃうじゃないっ!」 一見まともなことを言っているようだが、よくよく考えればSOS団本位でしかない主張を団長もとい編集長はがなりたてている。 ――と、ここで一度、現在の俺たちの状況を整理しておこう。 場所はもちろんSOS団本部兼文芸部室である。 時の頃をおおまかに言うと、朝比奈さんが受験生なので俺たちは高校二年生ということになり、もう少しばかり掘り下げると一学期の初頭で、その時期に俺たちは二回目の機関誌の製作に取り掛かっているってわけだ。 我らが北校の学校方針から考えるにそれだけでも十分全員が忙しい身の上であることは想像するに難くなければ、朝比奈さんにとっては未来に帰りでもしない限り、この世界で生きていく上で至極当然にリテイクを重ねられている暇などない。 更に悩みの種となっているのが、今回の機関誌の企画である。 詩集だって? 冗談じゃないぜ。 そんなら前回の小説の方が幾分マシだったねと言えるもんだ。 それに古泉、こないだまで俺たちゃあ結構奔走してただろうが。イベントのスパンが短か過ぎる。 俺の視線に込められたそんな訴えを古泉は受信し、窮したように顔を苦ませる。なにか含む所がありそうだ。 ついでに俺たちがどんな奔走をしていたかと言えば、俺の旧友である佐々木との再会、そしてSOS団とは別種の異能、異性質な輩たちとのいざこざや、長門の病気だ。 長門が学校を病欠したとき、一時は天蓋領域とやらの侵攻を受けたのかと心配したのだが、本人いわく只の風邪だったらしい。そうは言っても、長門がウイルスですらも無い下等な雑菌に敗北を喫すること自体異常事態であるのに違いないのだが。 しかし何も知らないハルヒからしてみればそれは正常な状態異常でしかなく、俺たちにも懸念を抱く以上のは出来そうになかったので、長門には一般的な病人に対する普通レベルの介抱を行うことにした。 皆の心配を一身に受ける長門は、 「何か食べたいもんでもあるか?」 「お寿司」 などといった要求はしなかったが、心なしか、守られる側に立った状況を存分に味わっているようだった。 そしてハルヒは泊まり込みで看病するとガヤいだのだが(俺もそれには賛成だったが)長門の強い希望により、俺たちは日付が変わる前には渋々と部屋を出ることとなった。 そして何故か帰宅の途につけという要求は朝比奈さんに対して特に強かったようで、 「特に朝比奈みくる。あなたは早く帰って」 という言葉も賜った。 ……流石にショックだったせいか、次の日の朝比奈さんの挙動はかなり変だった気がする。 しかしまあ、既に出揃っている特殊な奴らは倍になったというのに、一向に異世界人は姿を見せんもんだ。 とは、俺が異種SOS団との諍い時に漏らしてしまった、会いたいという願望とは違った意味の言葉だ。 そのときの俺の言葉に対し、古泉は「もしかしたら、既に異世界人は僕たちと邂逅を果たしているのかも知れません」ときた。どういうことかと尋ねれば、 「異世界人は、異世界に存在することによってその定義を満たします。しかし、例えば未来人は時間を操作することよって、宇宙人は未知の知識によって、そして僕などは超能力の行使によって己の存在をより明確なものにしますが、異世界人はただ異世界から訪れたというだけで、僕たちにとって普通の人間以上の存在には成り得ない可能性があります」 もっとも、それが一般的な人類ならばの話ですがね。と続けて、 「なので、むしろ既にこちらの世界には別の世界へと渡る能力を持った者が存在し、そしてその者は、僕らの関知し得ない世界でSOS団に尽力しているのかも知れません。今の僕たちが存在するのも、その人物が異世界で頑張ってくれているからなのかも知れないのです」 つまり異世界人は異世界で頑張っているということなんだそうな。 どっちにしろ推察の域を出ない話だし、仮に現実だとしてもそれは認識の外だ。 まあ、もしそれが本当なら、一度は会ってみても良いかも知れん。 何だかんだいって、俺はハルヒが作ったSOS団とこの生活を気に入ってるんだからな。 そして異世界人が俺たちと同様同等の苦労をしているであろうことは身を持って分かることなんだし、俺が感謝の意を唱えてその苦労をねぎらっても悪くはあるまいて。 っと、話が脱線気味になっちまった。その軌道修正も兼ねて、少し時間を遡って今回の事の起こりから辿っていってみることにするか。 それでは回想列車、レッツゴー。 ……… …… … 放課後の文芸部室。佐々木たちとハルヒ以下俺たちとの一件も多少の落ち着きを見せ、俺たちSOS団全員が比較的普段通りの活動に従事していたときだった。 コンコン。 「失礼する」 扉をノックする音が聞こえたと思いきや、返答を待たずにすらりと長身な眼鏡の男とそれに伴う女性、つまり腹づもりの黒い生徒会長と喜緑さんが部室へと進入してきた。 「なにしに来たのよ。なんか文句でもあんの? 勝負事なら喜んで受け取るけどね」 生徒会からSOS団に対する文句などは重々にあるだろうし、勝負を受諾されても困る。 「ふん」 会長は入り口に立ったまま、 「君に対する苦言なら山のように持ち合わせているが、生憎そのようなものを言い渡しにこんな辺境までやって来る程私は暇ではないのだ。今日こちらへ足を運んだのは他でもない。一つ気になることがあるものでな」 「なによ。言ってみなさい」 ハルヒの方が偉そうなのは毎度のことだ。 「どうやら文芸部には新入部員が居ないようだが、その分で今年度の文芸活動は一体どうするつもりなのかね?」 「は?」 とは、俺の口をついて出た言葉だ。 ……以前にも、生徒会から文芸部的な活動を求められたことはあった。 それは文芸部およびSOS団潰しのある意味で真っ当な思惑によるものだったのだが、しかしてその実態は裏で古泉が根回しをしていたことによって発生したイベントで、しかも既に事の収まりを見ているはずだ。 それに文芸部部長の長門だって、新年度のクラブ紹介で分かる人が聞けば見事なのであろう論文を発表しているんだし、文芸活動はそれでオールクリアーにしときゃあ通るだろう。いいじゃん、それで。 しかもこれから進路の話やらで忙しくなるっちゅうのに、また機関誌でも発行しろとの一言が発せられるものであれば、ものの見事に層の薄いSOS団はペシャンコになっちまうぜ。本当に俺たちを潰す気か? 会長は。 そう思って俺は古泉に目配せしたが、何故だか古泉もハンサム顔に微小な驚きの色を浮かばせていた。 これは成り行きを見守っていくしかないなと思い、俺はそれ以上言葉を作らなかった。 「もちろん会誌を製作するわよ」 ハルヒは元から俺たちを潰す予定だったらしい。 「いや、それはもう良い。今回文芸部には、来年度用の我が学校のパンフを製作して貰おうかと思っている。潤沢に割り当てられた部費が、不明な団体の意味不明な活動で消費され尽くしてしまってはかなわんからな。それにこの時期は私も色々と忙しい。それもあって、例年は生徒会執行部が製作している学校案内書を君らに一任してみようとなったわけだ」 なるほど。来年用のパンフなら時間だって十分あるし、写真を切り貼りして文章をとってつければいいようなもんだから、苦になるほどじゃないだろうな。それで部費の分配に対する大義名分が得られるのなら、こっちの精神衛生面的にも好都合だ。まともに頑張っている他の部活動員に対し、多少は後ろめたさを感じることがなくなって良い。 「そんなのあんたたちでやってなさいよ。あたしたちもヒマじゃないの。もう会誌の内容も決めてあるんだから」 どうしてもハルヒは俺たちを潰したいらしい。 「まあ……キミたちが自主的に活動を行うと言うのなら、こちらはそれでも構わん。しかしそれが口からでまかせであった場合、私にも存在しないはずの団を抹消するための手間が生じてしまうのを覚えておくといい。そうだな、一度企画書を作成して明示して貰おうか。今から生徒会室まで来たまえ」 「ヒマじゃないって言ってんの! 無駄な心配してる余裕があるんだったら、あんたがここに書類持ってきなさいよ!」 どう考えても生徒会長の方が多忙を極めているはずであろうが、俺は別に会長の擁護をするわけもなく。 「何を言っているんだ君は。私は文芸部部長を呼んでいるのだ。部外者は口を挟まないでくれたまえ」 と……珍しく喜緑さんが長門に合図し、長門は生徒会長についていく。 「ちょっと、待ちなさいってばっ!」 二つのハリケーンが合流を果たしたかのような勢力で、会長の後姿をハルヒが追う。 おかげで残された俺たちと部室はいやに静かだ。 しかしまあ会長。企画書なんぞ出さなくたって、あの団長殿が言い切ったことが実行に移されるのは確実なんだがな。悲しいくらい否が応にも。 「おや、どうしたのですか? 何か他に用事でも?」 ん? 何故かまだ部室には喜緑さんが残っている。 前回の佐々木団との一悶着の際、病床に伏していた長門の代わりに我らSOS団の宇宙人ポストに入って奮闘してくれたので多少の親睦はあるが、 「すみません。実は、お話しておきたいことがあるんです」 身の上話でもするのだろうか? 喜緑さんが部室に取り残された朝比奈さん、古泉、俺に対して言い放つ。 「まずは長門さんの能力が弱体化している件についてなんですが、それは彼女と思念体との接続が弱まってきているためだと考えられます」 ――長門が自分でも制限をかけちゃいるが。 「ほう。しかし何故、長門さんと思念体との接続状況が芳しくないのですか?」 こういう説明を受けている時なんかの古泉の返答は助かるな。 喜緑さんは続けて、 「はい。実は、わたしたちのようなインターフェイスには上の方から一つ禁令が下されているのですが、その禁令に長門さんが少しずつ触れてきているがゆえに、思念体から敬遠されているみたいなんです」 どんな禁令を……ん? そういえば以前に長門から聞いた記憶がある。 「確か、死にたくなっちゃいけないってやつでしたっけ」 そのまま俺は疑問も口に出す。 「長門がですか? 俺にはそんな風には……むしろ、生き生きしてきたように感じますが」 そうだ。長門の鉱石の様だった瞳にも、だんだんと血が巡り出してきたかのような、柔らかさと温かみが度々見受けられるようになってきていた。春休みの映画撮影(予告編のみ)の最中なんか、長門的には最高にハッチャケていたような様だったぜ。死にたいなんて、そりゃ相反してる。 「死にたい、ですか。それはまたどういうお話なのでしょうか?」 確か、アポだかネクロだか、自殺因子って単語もあったかな。 「ふむ……PCD、のように聞き受けられますね」 「古泉。いったい何だ? それは」 「例えば生物の進化の過程において、あらかじめ死が決定された細胞のことです。オタマジャクシの尻尾が、カエルへと変態する際に失われるといったような。その例のようにPCDはむしろポジティブな細胞の消失ですし、これが行われなければ僕たちにも手指などのパーツが形作られません。これをアポトーシスと言います。このように細胞の自殺が計画的に行われる、それがプログラム細胞死なのです。他にもネクローシスという、」 よし解らん。次へ行ってくれたまえ。 喜緑さんが古泉の言葉を受けてコクリと頷き、 「わたしたちインターフェイスは人類と同じ物質で構成されています。我々が死ぬような事態は殆どないのですが、有機的な活動を行う過程によって死の概念が組み上げられてしまうといったことなどが憂慮されます。思念体は元より死の概念を持ち合わせていないので、わたしたちによって情報構成に自殺因子が紛れ込む可能性をひどく嫌っているんです。恐らく、良い変化は期待されませんので」 ニコリと笑って、 「ゆえに、わたしたちは死を思うことを禁じられています」 うん。長門の話もたしかそんな感じだった。 「なるほど。情報統合思念体は群体のような性質を持っていると思うのですが、多細胞生物に見られるPCDにも一応の懸念を発起させている訳ですね」 「そんなところです」 喜緑さんは続けて、 「あと、先日の長門さんの不調は病気などではありません。おそらく、上の方と何かトラブルがあったのだと思います」 まあ、原因が周防九曜じゃないならそんなところだろう。俺は得心したように頷いて、 「して、そう思う理由は?」 と質問した。喜緑さんは微笑を消し、 「……あの日以降、長門さんと思念体との接続が異常なほど軽薄なものとなっているからです。なので、今の長門さんには殆ど力の行使が認められていません。皆さん、どうか長門さんをよろしくお願いします」 無論だね。むしろ注文を受ける前から走り出してる程に気をつけてるさ。 「ありがとうございました、喜緑さん」 俺の言葉を最後に、喜緑さんはぺこりと退室の礼を尽くし部屋を退出した。 そして閉められた扉は程なくしてドバン!と破裂音を上げ、 「おっまたせー! 勢いで計画進めてたら、こんななっちゃった! まぁ、善は急げ!美味しいものははやく食え! ってことでいいわよね! 明日の団活からさっそく原稿の執筆に取りかかるから、みんな楽しみにしてなさい!」 そう声高々と宣言するハルヒの後には長門の姿があり、ハルヒが右手で俺たちへと提示する紙には、 『企画内容:詩集。上稿予定:今週中』 というデススペルだけが書きなぐられていた。 俺には、最早それが死神との契約書にしか見えていなかった。 そんなこんなでやっと次の日になったかと思やぁハルヒは、休み時間が来るたびに何やらハサミで紙をショッキリショッキリいわせていた。 一体お前は何やってんだと聞けば、 「ひみつ! 放課後まで待ってなさいっ!」 と、ニカリとした笑みを作りながら溌剌と意気の良い返事をするばかりだった。 恐らくハルヒは俺の妹のようにハサミを装備することで破壊衝動を満たす化身へと変貌しているわけでなく、なんらかの創作活動に勤しんでいるのだろうから、折角だし作品の完成まで楽しみにしておくか、と俺は自分の席にいるときも心して後のハルヒへ目をやらずにいた。 そうなると俺はこれといってやることもないので、隣の窓越しに広がる過剰に陽気の良い春模様の空を見やり、その余った陽射しを我が身に受けて体内に貯蓄し、無駄に消えゆくエネルギーを減らそうといった仕事に献身していた。 ああ、春ってのはなんでこんなにも素晴らしいのだろうね。爛漫。 そして放課後、文芸部室にて。 朝比奈さんは俺たちにお茶を配膳する業務を終え、既に部室の風景と化していた。長門は最初から風景だった。 部室なら長門に何事もなかろうと、俺はいまだ姿を見せぬハルヒを待つ事もなしに古泉とヘブンオアヘルという創作トランプゲームに興じていた。 どんなゲームかと言えば、最初から片方がジョーカーとエースを手に持ち、相手をかどわかしながら選ばせるといったもので、つまり二人で行うババ抜きの最終決戦だけを抽出しただけである。これは経験によって無駄を省かれた。 しかし、単純なゲームをいかに楽しく行うかというテーマに沿って繰り広げられる熾烈な心理戦も、単純作業の繰り返しには飽きが来るという人間の心理の前には立つこと敵わず、また古泉も俺に敵わず(逆にやり込められている感がないとも言いがたいが)いつの間にか俺たちのやっていることはカードを弄びながらの雑談へと変わっていた。 「しっかしハルヒの奴、何でまた詩なんかに興味を惹かれたんだろうな。俺たちが詩なんか嗜んだ所で、痛い目と身悶えするような駄文を見るだけだろうに」 古泉はカードを四隅の一点だけで倒立させようと試みながら、 「そうでしょうか。感性多感な時分の僕たちの心模様を紙へと投影してみることは、未来の自分がそれを見た際に、その時代の感傷を想起さし得る貴重な宝物になるのではないかと」 「どうだか。次の朝にでも目が覚めたら、貴重な資源をゴミに変えてしまったってのに気がつくだろうぜ。その後に色んな意味で後悔するだけさ」 実体験ですか?という古泉からの質問に対し、俺は見聞きした深夜のラブレター作成理論の応用だと答えておいた。 「それはさておき、今回涼宮さんが機関誌の内容に詩集という形を取ったのも、受験生の朝比奈さんや僕たちへのちょっとした配慮なのかも知れませんね。詩なら、文量が少なくて済みますから」 「それこそ問題だ。少ない文字で成り立たせにゃならんから、構想に余計時間がかかる。それにどんな詩を書くのかも考えにゃならんから、よほど手間だ」 ズバン! 「待たせたわねっ! みんなは一秒が千秋に感じる程に待ちわびていたことだと思うわ! 今回も時間がないから、みんなの詩のテーマはコレで決めちゃいましょうっ!」 心臓を打ち抜くような音を鳴らしてハルヒが扉を押し開いてきた。 驚きの眼を配る朝比奈さんとハルヒの途方もない思い違いに呆気に取られている俺に、ハルヒは何やら励んでいた創作活動の賜物と思われる物体を、左手で作ったOKサインのOを示す指に挟んで見せびらかしていた。 「サイコロ、ですか?」 多分古泉の質問はその通りの答えだろう。 俺にも、それは三角形の紙を八枚セロハンテープで繋ぎ合わせて作られたフローライトナチュラル八面体に見える。 「そっ。特にキョンなんか書き始めるまでにも時間かかりそうだから、今回も内容はアトランダムに決めるわっ! キョン。雑用でしかないあんたのために労を負った団長様に感謝しなさいよね!」 先程の俺の言葉を見れば感謝すべきであろうが、アトランダムの偶然性に対し不満があったので「すまんな」という謝辞にて言葉を終了した。 ハルヒはフッフンと得意げに天井へと高々にサイコロを掲げ、 「それぞれの面にお題が書いてあるから、これをホイコロリンッって投げて出たヤツを詩の内容にすること! 異議があるなら言いながら投げるといいわよ。そして忘れちゃいなさいっ!」 俺には言い捨てる言葉もないが、 「しかしまた何でサイコロなんだ? わざわざ紙を切ってゴミを増やさずとも(そして作らずとも)、前みたいにくじ引きかアミダで決めりゃ良かったじゃないか」 という小さな疑問を投げかけた。 それを聞いたハルヒはチッチッっと右手の人差し指をメトロノームにしながら、 「それじゃバラエティに貧するってものよ! SOS団たるもの、些事の決め方にも広く手をのばしていかなきゃ! そして、ゆくゆくは世界の森羅万象を掴み取るのよっ!」 グッと決めポーズ。ハルヒは今日も絶好調なようである。ま、絶不調でなくて何よりだろうね。世界の平和的に。 だが、恐らくこのネタは外部から、というかテレビから受信して閃いただけだろう。 と、俺は手元に落とされた八面体ダイスを見ながらそう推察してみた。 何故かと言えば、サイコロのやっつの面に書かれているワードはそれぞれ 『私の詩』『未来予想図』『恋の詩』『本音の詩』 『元気が出る詩』『褒められた詩』『失敗した詩』 とあり、後半のテーマが若干日本語として妙なのはハルヒに国語力がないからではなく、お昼の某テレビ番組で転がされているサイコロに書かれた『~話』をそのまま詩という言葉に変換したせいだと思われるからだ。 「じゃっ、順番は団への貢献度が多い人からね! 序列は大事よ! 大きな組織の中では特にねっ!」 じゃ俺からでいいだろ。 「なんでよ? はいっ! 最初は副団長からっ」 SOS団は小規模だから、と説く前に、ハルヒはひょいと俺の手からサイコロをつまみ取り、流れるような動きでそれを古泉副団長へと手渡した。 古泉は卵をのせるような手の平の中でそれを弄び、 「さて、なにがでるかな?」 合唱しようと思ったが、古泉が出す目は大体の予想が立つし、多分予想通りである。 スマイル仮面の古泉のテーマは多くて二択であり、およそ『私』か『本音』だと、 「……おやっ?」 俺と古泉が思わず言葉を漏らす。 「褒められた詩、ですか。僕が以前に書いたポエムの傑作を載せるということでしょうか?」 書いてる姿も含めてそれも見てみたい。が……何だ? 確率論が復活したのか? 本来ならおかしくはないはずなのに俺が妙に思っていると、 「ちがうちがうっ。褒められたときの気持ちやらをポエムにするのよ」 俺にとって古泉のそれは不愉快なポエムになるなと思っていたら、ハルヒは続けざまに、 「でも、振り直しっ。それは国木田が書くから」 国木田? 「そうよ。名誉顧問と準団員には既に振ってもらって、『元気』『褒め』『失敗』は決まってるから」 ハルヒはくるリとメンバーを見回し、 「みんなもカブっちゃったらもう一回! 同じことやっても良いものは生まれないし、SOS団はバラエティに富んでないといけないって言ったでしょ!」 それよりも近い過去に序列がどうのと言ってた気がするが、それは覚えていないらしい。 「って、じゃあ俺はサイコロの振りようもないだろうが。全員が振った後じゃ、必然的に残りの一つに決まっちまうだろ?」 「いいじゃん。特に変わらないわ」 実際問題どうでもよかったし、例え同じサイコロを八つ同時に八人が投げたところで結果は変わらないであろうから、俺はそこで閉口した。 そして古泉は『本音』を出し、次いで長門が『私』、朝比奈さんが『未来予想図』、ここで俺は再度口を開いて抗議の旨を団長、いや編集長へと必死に訴えたが、ハルヒはガイウス・ユリウス・カエサルがルビゴン川を渡った際に言い放ったのと同じ言葉で俺の訴状をねじ伏せた。 ――そしてまた次の日の放課後。現在に至る。 目の前のハルヒが何故こんなにも不機嫌なのかと言えば、 「ちょっとみんな! あの三人はすぐ詩を完成させて持って来たってのに、何でみんなはちーっとも筆が進んでないのよ!」 ハルヒが代わりに言ってくれた。その理由を申せと仰るのであれば、説明するまでもなく「そりゃそうだ」の一言に尽きる。 鶴屋さんは『元気』、国木田は『褒められた』、谷口は『失敗』の詩を書いており、言葉そのままでも違和感のない程にそれぞれピッタリはまった題目だ。 一夜で詩が書けた理由としては、各自それのネタなんていくらでもあるだろうし、万能である鶴屋さんの才の一つに詩的才能が含まれている予測は疑いようもなく、国木田と谷口なんかは適当に済ませたのだろう。 重ねて俺たちときたら、古泉と朝比奈さんのテーマはまるで名探偵にズバリズバリとトリックを言い当てられて言葉を失った犯人のようにアワワとしか言いようがなくなってしまうようなものであるし、『私』の長門なんか前回の小説で自分のことであろう作品を書いているので、俺と共に前回とお題がモロかぶりである。 言うまでもないとは思うが、俺は『恋』のネタである。 もう、そんなもん俺の在庫には最初っからないんだし、長らく入荷待ちの札が掛かってるだけだっつーのに。 それらの理由により、俺はもう一度ハルヒに儚い希望を提訴してみた。 「ハルヒ。じゃあ皆のテーマを変えてくれないか? 俺だって恋なんてもんは幼い頃、従姉妹に一方的に苦い思いをしただけだし、それ以来そういった甘そうなのは味わったためしがないんだ。だから俺の中にあるそんなネタは、前回の小説が最後っ屁でもうグウの音も出ん。終了だ」 却下。という二文字の一言が虚しく飛んでくると思っていたが、 「そうなのですか? むしろ味を感じないのは、あなたにとってそれが空気みたいな物だからなのでは?」 予想に反し、助け舟を渡してやった筈なのにそれを撃沈させるかのような言葉が古泉から飛んできた。 「うん? どういう意味だそれは」 特売アイドルみたいなスタイルのお前と違って、俺にはそんなに身の回りに溢れているもんじゃないんだよ。それにそんなことを言われるとな古泉。俺だって……泣くんだぞ。 「いえいえ、そうではないですよ」 若干苦味を持たせたスマイルで、 「あなたにとって必要不可欠であるにも関わらず、身近に存在しすぎてあなたが気付いていないだけ。ということです」 ほう。そいつは嬉しいじゃないか。つまり、俺に想いを寄せているがそれを伝えられずにいるうら若き乙女の視線が、恋の矢の如く俺の後頭部に突き刺さっているのが古泉には見えるってわけだな。 何だか涙が別の理由で出てきそうだと思っていると、 「古泉くん。それどういうこと? 団長に報告もなしに男女交際をしている輩がいるっていう告発?」 そう古泉に話しかけながらも、ハルヒの視線はまるっきり俺の方へと向いている。 そんな目をされても俺はなにも知らん。 「そうではありません」 今日が、古泉にとって初めてハルヒにノーと言えた記念日となった。 「僕はただ、恋とは意識して感じ取れるものではなく、無意識の内に自分が恋に落ちていたという事実を自らが認識した際に知り得るものだ、という考えを述べたまでですので、他意はありません。ご安心を」 「ああ、なるほどね。それはあたしと似たような捉え方だから良くわかるわ」 うん? お前、恋愛は精神疾患だとか言ってなかったか? 「もちろん。風邪と同じでかかりたいと思ったときにはかからないし、忘れてる頃にはいつの間にやら患っているものってことよ。まさに病気じゃない。あたしは抗体持ってるから絶対かかんないけどね」 蝶がヒラヒラと舞い寄ってくるような古泉の思想が、ハルヒの例えによって一気に消毒液臭くなった。 俺は飛び去った蝶の採集を試みるように、 「じゃあハルヒ。抗体持ってるってんなら、以前に恋患いの経験があるんだな?」 「あるわよ」 「へっ?」 っと、俺がハルヒから思わぬクロスカウンターを喰らって目を丸くしていると、 「はしかやオタフク風邪と一緒よ。ちっちゃい頃に感染しとくべきなの。それは」 ……やれやれ。まったく、現実的なものにはどこまでも夢のない奴だな。非現実に見せる積極性をピコグラム単位でも振り分けてみたらどうかと提案するね。それだけでも、お前には男共がわんさと群がってくることだろうぜ。黙ってりゃあもっと良い。 「ド馬鹿キョン! つまんない奴らがいくら集まっても、あたしの欲求は埋めらんないのっ!」 壊れたミニカーのようにキーキー言っていたハルヒは、俺に近づいてきて急に止まったかと思えば、俺の心臓あたりをスイッチを押すようにしつつ不敵な笑みを浮かべ、 「だからね! あたしが集めて作ったSOS団は、みーんな粒ぞろいの精鋭なのっ! 全員一緒なら意図せずとも世界は盛り上がっちゃうって寸法よ! わかるわねっ!」 「……ああ、よく分かってるさ。もちろんだ」 ――そうだとも。佐々木の閉鎖空間をめちゃくちゃにしたあいつらなんかとは、SOS団は全く存在を異にする。 俺たちだってそれぞれ形は違っちゃいるが、いつの間にかそれはパズルのようにガッチリ組みあがって、今では全員で一つのものになっていたんだ。前回の事件で、俺たちはそれを身にしみて感じる事が出来たのさ。 ――そして、その中心にいるのは……ハルヒ。いつだってお前なんだ。 「なにアホヅラかましてんの! そんな暇あったらとっとと書きなさい! ちなみにテーマ変えはなしっ!」 それは変えて欲しかったが、俺はもうハルヒに抗弁をたれるまでには至らなかった。 ハルヒは憤怒しているように見えたが……その表情はまさに、楽しくて堪らないともの語っていたからな。 しかしいつまで経っても団員の誰一人としてポエムを完成させることはなく、修練の結果は翌日に現れるといったハルヒ理論により、詩の作成は宿題という形で団員に背負わされ、俺たちは普段よりも重い足取りながら、いつもの並びで帰路についていた。 「もしかしたら涼宮さんは、己の能力と僕たちの正体に気付いているかも知れません」 何の脈絡もなしに世界が終焉を迎えそうなことを言い放っているのは、もちろん古泉である。 「そりゃまた、えらく段階を踏まない話だな。なぜそう思う?」 ハルヒと朝比奈さんが先頭、次いでハードカバーを読みふけりながら歩く長門、そして最後尾の俺と古泉。 古泉は部室からずっと手に持っていた物を俺に見せるように掲げ、 「……これですよ」 「って、ハルヒが作った只のサイコロじゃないか」 テーマ決めの際に使用された八面体の紙製サイコロだった。 ちなみに、このサイコロ君は生まれて間もなく存在意義を失ってしまった可哀相な奴である。 というより、また使われるようなことがあっては堪らんので、俺としてはいち早く鉄のゆりかごの中で眠って頂き未来人に起こされる日を待って頂きたい次第である。……そういえば、タイムカプセルって自分たちで掘り起こすもんだったよな? 「その話はまた別の機会にしましょう」 古泉の提案を拒む理由は皆目なかったので、俺は話を聞く態勢に入った。 「何故、今回のテーマを涼宮さんがこのような物で抽選したと思います?」 「そりゃあおそらく、学食でテレビでも見ててネタを頂戴したんだろ」 ふむ、っと古泉は視線のみを数瞬だけ横に流して、 「たとえば、涼宮さん自身がクジの偶然性に疑問を持っていたとします。そして無意識の内に、確率を確認するのにはこの上なく最適であるサイコロという手段を取ったのであれば……涼宮さんは表層の意識に限りなく近い所で、己の能力の存在について勘付いているという可能性が示唆されます」 それを聞いた俺は「へえ、」と一呼吸おいて、 「考えすぎじゃないか? あと、お前たちの正体に気が付いてるという予測は何処から立つんだ?」 ほのかに微笑んだ古泉は手に持っていたサイコロを俺に渡し、俺がそれをつぶさに眺めていると、 「これに書かれているテーマですよ。偶然にしては……余りに、僕らが有する要素に対して的を射すぎている。なので涼宮さんは僕たちの正体を心の何処かで知っていて、これによって確証を得たいのかも知れません。これも多分、無意識の内の行動でしょうがね」 はん。年がら年中どこまでも特殊な存在と一緒に過ごしてたら、だれだって少しはそう思うだろうぜ。 「それも深読みし過ぎだろう。サイコロのネタだって、提供元はシャミセンの親類が経営する洗剤会社に違いない」 この言葉に古泉はいつものスマイルを取り戻し、 「そうですね。それに僕たちが一発で各自のテーマを当てなかった理由は、むしろ涼宮さんは自分にそんな能力があるということを否定したいからなのでしょうし、ひょっとしたら、単純に涼宮さんの力が弱まっているだけなのかもしれませんしね」 ん? ちょっと待て。一つだけ合点がいかない。 「……俺のテーマが『恋』になった理由は何だ?」 「それは本当は朝比奈さんが未来人であるように、あなたも本当は恋を」 「なあ古泉。だいたい生徒会長は何でまたこんな時期に文芸活動を要求してきたんだ? まあ当初の要求は文芸部的なんてのじゃてんでなかったが。機関が関係してるのか?」 「それなんですが」 と古泉はスマイルのレベルを最小にまで下げ、 「これは僕らの手回しによるものではありません。会長なりに考えてみた結果なのかも知れませんが、若干、あの人に生徒会長の仮面が定着し過ぎている感が否めませんね。いえ、もしかしたら、喜緑さんの手によるものだったというのも考えられます」 「ほう。まあそれなら重要だったよな。長門に何かがあったのは分かってたのに、俺たちはその何かまでは知らなかったわけだし」 古泉はフフフと不気味に笑い、 「それなんですが、僕にはおおよその見当が付いています」 一体それはなん、まで俺が言葉を出したときだった。 ゴスンッ! ――今の音は長門の頭から出たのか電柱から出たのか、一体どっちだ!? ……なんて、不毛な論議に変換している場合じゃない。 「ちょっと有希っ! あたま大丈夫!?」 ハルヒは長門がアッパラパーになっていないか心配しているのではなく、本を読みながら電信柱に頭部を強打した長門を案じながら、怪我の有無を確認している。 そして古泉と俺は長門が電柱にケンカを吹っかけた光景を目撃して目を丸くし、朝比奈さんはわたわたと長門に気遣いの言葉を途切れとぎれでかけていた。 「心配しなくていい、平気」 いやゴッツンコした所が小高い山を作って、まだ春だってのに紅葉を迎えてるぞ? 「大丈夫か?」 駆け寄る俺に、 「ありがとう。……みんなも」 たんこぶを抑えるのをガマンしている様に見える長門が答えた。 「でも、珍しいわね。有希が物にぶつかるだなんて。そういえば……見た覚えがないわ。いつも本読みながら歩いてるってのに」 「別のことでも考えてて、そっちに気がいってたんじゃないか? 詩とかポエムとか……ポエムを」 「そ、そうなのかな……」 俺のギャグにハルヒは悩ましい顔を作ってしまったので、 「すまん冗談だ。多分、まだ調子が戻ってなくてフラついたんだろ。長門も読書は中断してハルヒたちと歩くといい」 「…………」 沈黙する長門をハルヒと朝比奈さんに任せ、俺は古泉の話の続きを聞くために後列へと戻った。 「長門さんに怪我はありませんでしたか?」 「ん、おでこがプックリだが心配なさそうだ」 「そうでしたか」 そう話す古泉は、どこか嬉しそうな面持ちである。 「なにか良いことあったか」 ムッとした俺が硬質な感触のする言葉を作ると、 「……むしろ現在、機関はある懸念を抱えて悶然としています。ですが、確かに最近の長門さんの変化については喜ばしいことのように思いますね」 「弱っている長門が良いってのか?」 それでは語弊がありますね、と古泉は微笑をたたえ、 「近頃、というか先程の長門さんもそうなのですが……とても人間味を感じませんか? TFEI端末として弱体化してきているというのは、ちょっとずつ長門さんが人間に近づいていきるという側面があると思うのです。それはあなたにとって嬉しいことでしょう? もちろん、僕にとってもね」 俺を目で落としてどうするんだと言わんばかりの温和な視線で、古泉はふわりと柔和な笑顔を作った。 「……そうかもな。俺にとって、そりゃもちろん嬉しいことだ。それに俺たちだけじゃない。ハルヒに、朝比奈さんに、そして何より……長門自身にとってな」 そう。長門にむける心配は、そろそろ見方を変えなけりゃならんのかもしれん。 力を失っていく宇宙人に対するそれから、細腕で柔弱な少女への気配りへと。 「ところで、お前が抱えてる懸念ってのは一体なんなんだ? 俺以外に話せる奴なんていないだろうし、話してみるだけでも多少違うんじゃないか?」 俺の言葉に古泉はどんな表情を出して良いのか解らないといった顔つきになり、 「……そうですね。話しておいた方が良いかも知れません。あなたには」 「なんだ?」 俺の目を見て、 「程ない以前、閉鎖空間と《神人》が久しぶりに乱発された時期がありましたよね?」 「ああ、佐々木とハルヒが出会った日以降だったっけ。お前でも疲労の色が隠せてなかったよな」 「それなんですが、閉鎖空間の発生は二週間ほど前……特定すれば土曜日にまるっきり沈静化しました」 土曜日? ――ああ、俺が佐々木たちと会合した前日か。だが、 「良かったじゃないか。この言葉以外に何がある?」 古泉は全然良くないことを話すような顔で、 「それが、不可解な点がいくつかあるのですよ」 「一体どこにあると言うんだ?」 「まず、何故に突然閉鎖空間の発生が沈黙したのか。機関の諜報部をもってしても原因が判明しません。そして他に……これは閉鎖空間内で《神人》の討伐を担う役割の僕や仲間たちしか感じないのですが……」 古泉は前方で談笑しているハルヒを一瞥し、 「閉鎖空間は世界中の何処にも発生していないにも関わらず、僕たちにはそれが存在しているという確信が、沈静化した直後から心の隅の方で、こうしている今でもくすぶり続けているのです。……それによって一つの推測が立つのですが、これは多分、あなたは聞きたくもない話です」 「聞きたくないかは俺が判断する。さわりだけ言ってくれ」 古泉は眼に真剣をやつし、神妙な雰囲気でこう言った。 「――涼宮さんが、まさに神と呼ぶに相応しくなったのではないか? という内容です」 「そうか。そりゃ全くもって聞くだけ無意味な話だな」 ハルヒが神だって? あいつはいつだって奇想天外な行動を起こしちゃいるが、根っこの方は特に変わりのない普通の女の子じゃないか。お前だって良く知ってるはずだろ。そんなの、考えるだけバカらしいってもんだ。 「ええ、全くです。仮にこの推論が当たっていたとしても、何が起こるのか皆目見当が付かない故に対処の方法も思い浮かびません。なので案じたところでどうにもなりませんし、ただの杞憂であればなお良いだけです。すみません、あなたはこの話を忘れて下さい。それに僕も――」 古泉は、長門の後ろ姿を温もりさえ感じる視線で見つめながら、 「……いかなる憂いすら、今の彼女を見ていると消し飛んでしまいますよ」 そうだな。俺たちが憂うべきものは、今のところ帰ってからどうやったらポエムを書かないで済むか考えることだけだろうぜ。 「……まあ、そうですね」 古泉はまた思案顔を作り、悩ましげに顎を支えていた。これはこいつの癖になっちまったのかね? 「無駄な心配はしないに限るぞ。時間と神経を無為に減らすだけだ」 いつもより元気はないが、それでも十分爽やかなスマイルで、 「……そうすることにしましょう。まあ、詩は頑張って執筆してみますがね」 「ああ。やっぱり俺もお前にならって机の前で頑張ってみるかね。思えば、書かないで済むかなんて思案することだって無駄なんだしな」 「ふふ。お互い頑張りましょう」 そうやって、その日俺たちはそれぞれ自分の家へと足を辿り着かせた。 ……さて、無から有を創造するある意味で神的な作業に入るとするか。 ――俺はこのとき、この平穏は当分の間続くものだと信じていた。 SOS団は今までにない程まとまっていたし、ハルヒと長門が落ち着いてきているのは良い変化だと疑わなかったからだ。 だが、それは違った。それらの吉兆は、裏を返せば……最悪な事態が引き起こされる前兆でもあったんだ――。 第一章
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No.002 涼宮ハルヒ 制服ver. (Haruhi Suzumiya School Uniform Ver.) 「ただの人間には興味ありません。宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。」 情報 作品名 涼宮ハルヒの憂鬱 価格 2,500円(税込) 発売日 2008年04月26日 商品全高 約135mm 付属品 表情:通常顔、笑顔、不機嫌顔 手首:×11(握り手×2、開き手×2、持ち手×2、平手×2、指差し手×2、メガホン持ち・右) 武器:無し 共通付属品(スタンド、スタンド用アーム、収納袋) その他:腕章(団長、超監督)、上履き(1年生用) 写真 キャラクター概要 SOS団団長を勤めるエキセントリックな女子高生。 普段は唯我独尊・傍若無人を絵に描いたような態度が目立ち、「校内一の変人」として知られているが根っからの非常識では決してなく、時には仲間思いの一面を見せることもある。 本人は気づいていないが思った事を何でも現実にするという神にも近い能力を持ち、無意識に発動させては団員のキョン達を翻弄させている。 商品解説 長門から二月以上を経て発売されたメインヒロイン。 頭部の可動範囲は長門に比べアップデートされているが、妙に後ろに沿った鳥足気味の脛で評価を落としている。 むっつりフェイスは意外と評価の分かれるところだが、キャラ特性を出し易い為かネタ画像での使用率は比較的高めのようだ。 良い点 長門の短所として挙げられる事の多い頭部の可動域が改善。 悪い点 頭部の可動域を拡大する為、アングルによっては首が若干長く見えるかも。可動は制限されるが首を上下逆にして組む事で軽減させる事が可能。 脛が鳥足気味。 注意点・不具合情報 関連商品 涼宮ハルヒ 夏服ver. 涼宮ハルヒ チアガールver. 涼宮ハルヒ 中学生ver. 涼宮ハルヒ 光陽園学院ver. 超勇者ハルヒ 長門有希 制服ver. 長門有希 悪い魔法使いver. 朝比奈みくる 制服ver. 朝比奈みくる チアガールver. 朝比奈みくる 戦うウェイトレスver. 朝比奈みくる 大人ver. キョン 制服ver. 古泉一樹 制服ver. 鶴屋さん 制服ver. 鶴屋さん 文化祭メイドver. 朝倉涼子 制服ver. コメント 名前 コメント
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4,三十分の一 氷雨の中を逃げるように帰ってきた。制服の上着とコートを椅子の背凭れに放り投げて、ノンストップでベッドに四肢を投げ出す。ズボンに皺が出来るがそんなのは知ったことか。 自室を片付けて掃除をして――といった当初の予定をこなす気も起こらない。教室を出る時、ハルヒの顔を見ておけばよかったかと思う。……いや、見なくてよかった。見ていたらきっと……なんでもない。 ケータイにいつの間にか来ていた着信は古泉から。「何かありましたか?」という簡素なショートメールは修飾や回りくどさといったものを極限まで削り取ったようで、あの話好きからのメールとは思えない。とりあえず「お前には関係ない」と返信。 即座に返信。「いつでもご相談下さい」との内容。どこまでも胡散臭さが付きまとうのは、これはもうあの男の持って生まれた性質なんだろうさ。とりあえず、ケータイは床に投げ捨てた。 ……俺の部屋、こんなに広かったか? 古泉は「何か有った」事に気付いている。それは言い換えれば「古泉の身に何か有った」って事に他ならない。ならば、今頃ハルヒが閉鎖空間で暴れまわっているのか――まあ、そうだろうな。それもきっと尋常じゃない暴れ方をしていやがるに決まっている。 そうやってハルヒはストレスを発散しているって話だったからな。 「俺もサンドバックでも購入するかね」 天井に向けて問い掛けてみても誰が答えてくれるワケもない。と、思っていたら「にゃーん」と返答が有った事に俺は少し驚いた。 「にゃあ?」 「シャミセンか……驚かすなよ、お前」 どうやら部屋の戸をちゃんと閉めていなかったらしい。見ればわずかに隙間が開いており、それにしたってよくあれだけの間隙を縫って侵入出来たな、シャミセン。猫にしておくのが勿体無い。お前なら凄腕のスパイにだってなれるだろうに。 「なんだ、お前がサンドバックになってくれるのか――なんてな。冗談だよ」 もしも言葉が通じていれば即座に逃げていただろうシャミセンは、しかし俺に擦り寄って臭いを嗅ぐのに余念が無い。こうなるとシャミセンを普通の猫に戻してしまったことが途端に悔やまれる。 意思の疎通が出来たのならば、古泉なんかよりもよっぽど役に立つ相談相手になってくれただろうに。 どうやらシャミセンは俺の部屋を今日の定宿に選んだようだった。座布団の上で丸くなったところから察するにスリープモードへと移行する気なんだろう。そののほほんとした様は何も悩みが無さそうで俺としちゃ心底羨ましい。 今度生まれ変わる時は猫にしよう、うむ。 ぐるりと転がって、天井向けて大きな溜息を一発……はあ。 …………あーあ。 …………やっちまったなあ。 何やってんだか。いや、だが。これからの事を考えたら、そろそろ勉強に勤しまねばならない俺の足を引っ張るだけでしかないSOS団はここらが潮時だったんじゃないか――なんて言って自分を誤魔化せたらどんだけ楽だろう。 生まれてこの方、気分のいい正論なんてものに出会ったことが無い。 やってらんないよな。俺はいつの間にやらあの部室が結構気に入ってしまっていたのだ。自覚してもうそろそろ一年になる。 宇宙人、未来人、超能力者が雁首揃えてボードゲームに興じるあの客観的に見て有り得ない空間を、そしてそこから巻き起こるあれやこれやのドタバタを、俺は楽しんじまっていた。 一言で言って「大切」だったのだ。 それを――何、自分から抜けてんだよ。 ああ、返す返す。さっきの俺は馬鹿だった。アイツの一言くらい捨て置けばよかったんだよ。もしくは詰問されるがままハルヒにちゃんと説明して、至極当然と帰れば良かったんだ。 「どうして」「なんで」をいくら積み重ねようと時間は巻き戻らない。 同様に口から出した言葉は取り返しようがない。 「なあ、シャミセン」 「にゃあ?」 既に寝ていると思われたソイツは、しかしどうやらリラックスしているだけのようだった。俺と同じだ。 「俺はどうしたらいいんだろうな?」 「……にゃぁお」 分かるわけ、ないよなあ。溺れるものは猫にも縋る。また一つ新しい日本語を捏造してしまった。 ……あ。 これがホントの「猫の手も借りたい」か。 ――キンコン、と。チャイムの音で眼を覚ました。どうやら布団も被らずに寝てしまっていたらしい。この季節にうたた寝なんてしていると風邪引くぞ、などと自分に言い聞かせてみる。とは言え、エアコンのお陰でそこまで寒いという事も無かった。 昨日の教室で凍えていたハルヒの姿をなんとなく思い出す。……そこに意味なんてない。 ぼんやりしていると階段を駆け上がってくる足音が耳に届いた。十中八九、妹だろう。 「キョーンーくーーん!!」 バタン、と部屋の戸が開けられる。予想は当たり。何度言ってもノックするという習慣を身に着けない妹だ。かと言って看過する事も出来ん。 「ノックをしろ、ノックを」 「あ……てへっ。ごめーん。忘れてたー」 そして三歩歩いてまた忘れるんだろう。それくらいは眼に見えていた。そんな妹は何事かを言う前に部屋の座布団で俺同様惰眠を貪っているシャミセンを目敏く発見した。 「シャミー! キョンくんの部屋に居たんだ。探してたんだよー」 どうやら感動の再会らしい。言いながら猫をその胸に抱き、部屋を出て行こうとする我が妹。いや、お前は何をしに俺の部屋に来たんだよ。 「おい、何か用が有ったんじゃないのか?」 妹は小首を傾げ、そして一昔前なら電球のマークが頭上に現れただろう笑顔で俺に告げた。 「そうだ。あのね、キョンくんにお客さんが来てるよー」 ……そういう事は早く言ってくれ。反射的に机の上の時計を見れば、ああ、もうこんな時間か。来客に当たりを付ける。 「佐々木か?」 立ち上がり、部屋を出る妹に追従しながら問い掛ける。シャミセンは迷惑そうな顔をしていた。 「うん、佐々ちゃん。久しぶりだねー」 果たして妹の言うとおり、階段を降りればそこには玄関で所在無さ気に佇む親友の姿が有った。彼女は俺を認めると、髪を二、三回手櫛で梳いた後に微笑んで。 「眠そうだね、キョン」 開口一番、鋭い観察眼を披露した。 「そんなに褒められるほどのものじゃないよ。ただ、寝癖が付いているってだけさ」 それこそ褒められたモンじゃないな。ああ、少しだけ恥ずかしい。 「悪いな、ついさっきまで寝てたんだよ」 「だろうね、顔に書いてある」 ばつが悪い俺に相反して少女は微笑を崩さない。 「あー……まあ、なんだ。とりあえず上がってくれ」 「うん。お邪魔します」 脱いだ靴を几帳面にも揃えようとしゃがんだ佐々木であるが、 「……あ」 正直俺としては眼のやり場に困った。スリムデニムって言うのか、身体の線が浮き彫りにも透かし彫りにもなる黒のパンツルックは、ソイツがしゃがみこんだだけでその柔和な丸みの全容を俺に強制的に妄想させる。頼みの綱の防寒具もその女性的な曲線を隠せない腰丈のショートコートだった日には……。 ああ、俺は友人をどんな邪なる目で見てしまっているんだ。スマン。本当にスマン、佐々木。 頭を掻きながら階段を上る俺に佐々木は付いてきた。背中から声が掛かる。 「部屋は昔のままかい?」 そう言えば前に佐々木がウチに来たのはもう二年も前か。 「位置を聞いてるのなら回答は変わらず、だ。内装を聞いているんなら、流石に変わらないとはいかないな。色々、物は増えてる」 言った後で、佐々木に家捜しを推奨しているようだと気付いた。が、冗談ではない。青少年御用達のあんなモンもこんなモンも隠蔽工作を施してはいないんだ。慌てて取り繕う。 「って言っても別に面白いようなものは無いけどさ」 自然な感じで言えただろうか。自分では言えたと思う。少女はと言うと「そうかい」と四文字しか返って来なかったところから、何を考えているのかを俺に推測しろってのも無理な相談だ。 さて。 自室に同年代の美少女を招き入れる。 それも複数ではない。一人だ。少女一人と、俺一人だ。なにかいけないことをやっている気分に俺がなってしまってもそれは致し方の無い話だと客観的に鑑みてもそう思う。 「なあ、佐々木」 「ん? なにかな?」 部屋の前で立ち止まった俺に彼女は、しかし邪気の無い眼で見つめ返してくる。なあ、なんで俺が罪悪感に苛まれなければならないんだ? 「いや、その……だな。今更なんだが」 「もしかして、キョン。自室に異性を入れるのを戸惑っているのかい?」 見破られていた。 はあ。その言葉の意味を理解しているであろうにも関わらず、どうしてコイツは変わらず笑顔でいられるのか。俺には女という生き物がほとほと理解出来ない。 佐々木然り、ハルヒ然りだ。 俺の周りが特殊なだけだろうか。その可能性は十分に有る。国木田の「変な女」というフレーズがふと頭に過ぎった。 「……ふう」 深呼吸。名探偵ホームズさんは読心術もお手の物らしいぜ。それともこれもやっぱり顔に書いてあったのかね。 「……まいった。ああ、その通りだよ。正直、戸惑っている。いや、誤解しないでくれ。家庭教師をしてもらうだけ、なんてのは分かってるし、勿論それだけのつもりなんだが……それにしたって、な」 佐々木は友人である。親友と言って貰えているし、俺だってその関係を疑ってはいない。 だが、だ。 しかして俺は男であり、そして佐々木は言動、行動の端々でやはり確実に女なんだ。俺とコイツの間で間違いはあってはならないし、俺は何より佐々木に嫌われたくない。 「リビングで勉強って手も」 「キョン」 俺の言葉は優しく遮られた。 「……寒いんだけど」 屋内とは言え廊下は冷える。佐々木は俺から見ても演技だと分かるくらいにわざとらしく見せ付けて両手を擦った。 「君の煩悶は理解した。だから早く中に入れてくれないかな」 本当に分かっているのか、いないのか。であっても俺に否定を言わせる気がないことを少女はその眼力でもって伝えてきた。 ノーと言える日本人になりたいもんだ。はあ……どんな噂を立てられても俺は知らんぞ。 「分かった」 戸を開けて中に入る。この部屋に誰かを招くなんてのはいつ振りだ? 夏休みに宿題の総浚いをSOS団全員でやった時か……ああ、十月に古泉とハルヒのことで作戦会議をしたな、そういや。 椅子に腰掛ける。学習机のライトを点し、リモコンでエアコンの温度を調整した。鞄から筆記用具を取り出して……横を見ると佐々木が部屋の入り口で立ち尽くしていた。 「……どうした? 何か珍しいものでも有ったか?」 物珍しいのはシャミセンの毛くらいだと思う訳だが。むしろ俺にとっては今の佐々木の方が珍しいものを見た、って感じだ。落ち着こうとして失敗しているような。少女の視線は右往左往して、別に室内に蝶なんかひらひらと飛んじゃいないんだけどな。 まるで借りてきた猫だ。 「……いや、珍しいと言うか……ね。上手く言えないのだけれど」 「けれど?」 「キョンの部屋なんだな――と思って」 「なんだ、そりゃ?」 当たり前のことを感慨深そうに言われてもな。正直、俺としちゃリアクションに困る。 「さっきも言ったが面白いものは何も無いぞ」 有っても見せられる類じゃないしな。間違っても女子と二人で見るモンじゃない。そうは言っても俺にとっては聖書な訳だが……と、なんでもない。忘れろ。 「いやいや。なにか特定のものに関心を抱いているのではないよ、キョン。……さて、と」 俺に向き直った時、佐々木はいつもの佐々木に戻っていて。少女が部屋の戸を閉める時に、何かを言いそうになったのはなんとか堪えた。二人きりを意識していると思われるのは癪だったし、二人きりだって俺自身あまり意識したくはなかったからだ。 「本来の目的をこのままだと忘れてしまいそうになる。早速だけど始めよう」 「おう。よろしく頼む」 佐々木と俺の間に今更、性別なんてものを挟むのは野暮なだけだ。それこそ空気読まないってヤツだ。俺はそこまで鈍感なつもりは無い。 「……キョン?」 「ん、どうかしたか?」 「出来れば君の隣に座れるよう、椅子を用意して貰えると嬉しい」 佐々木はコートを脱ぎながら、 「それとも、君のベッドにでも座っていようか?」 そんな一言でベッドに横たわる親友の姿を想像しちまった俺は、ああ、最悪だ。妹の部屋から借りてくると言い残して慌てて部屋を出た俺の耳に少女の、喉の奥でくぐもるような独特の笑い声が聞こえた。 佐々木先生の家庭教師は少なからず学校の教師よりも効果を実感出来るものだった。土台の反復練習から始まり、俺が指を動かしている間も読み聞かせは途切れない。後から聞くとそれは指と眼と耳と、使えるものを全て活用するというやり方らしい。 一時間もすると俺は、今やった二十ページほどの内容からならばどのような問題を出されても答えられる自信を付けていた。なんだろうか、この達成感は。まるで魔法のようだ。 「佐々木」 「なんだい?」 感想は素直に口を突いた。 「お前はいい教師になれる。俺が保障する」 瞬間、佐々木が小さく吹き出した。人が真面目に言っているのにどうして笑い出すんだよ、お前は? 「飲み物を口に含んでいない時で良かったよ。危うく君の衣服を汚すところだった。――キョン。今度からそういった突拍子の無い事を言う時は事前に警鐘を鳴らしてくれ」 無理を言うな。大体、俺は今面白いことを言ったつもりなんて欠片も無いっていうのに。 どうしろってんだよ、実際。 「……もしかして俺が悪いのか?」 微笑を浮かべる佐々木の眼は下弦の三日月を模して、意地悪く俺を糾弾した。 「もしかしなくとも、君が悪い」 マジか。人を褒める行為すらTPO次第では悪行へと変貌してしまう現代社会に俺としては強く危機感を覚える。悲しいね。 「言わんとする事は分かる。けど、生業として教師を選んだ人たちと今の僕とではどうあっても比較にはならないよ」 佐々木は冷めてしまったコーヒーを一口含んで、 「彼らは複数を相手に授業を行っている。三十人余といったところかな。キョンの学校も一クラスの人数はあまり変わらないだろう? つまり、単純に考えて伝える力は一人頭三十分の一まで落ち込んでしまうことになる。それで授業を成立させなければならないのだから、先生方には文字通り頭の下がる思いさ」 三十分の一……まあ、そう聞くと確かに教師ってのは難儀そうだな。俺なんかが簡単に薦めて良いものじゃ、どうやらなかったらしい。 「なるほどな」 「とは言っても、だ。褒められた事それ自体は嬉しいよ。ありがとう。まあ、二年前の経験と反省を活かしているからね。多少、教え方も上手くはなっているという実感は有る」 確かに。二年前は卓袱台に頭突き合わせて一緒に勉強して、分からないところを教えあうスタイルを取っていた。だが、今回の佐々木は違う。 俺の向かいではなく隣に座り、ただ参考書を開いているだけ。まず、舞台が卓袱台じゃない。だから、その手に筆記用具は無いしそもそものノートを佐々木は持たない。 その様はちっとも急ごしらえの家庭教師には見えないくらい堂に入っていた。 「しかし、これは八割方君のためだ。残りの二割はバイト代のためで、残念ながら家庭教師にも教師にも僕はなろうと思ってはいない。だから手際を褒められても、うん、ここまで言えば分かるだろう――僕が笑ってしまった理由も」 的外れ、だな。 「その通りさ」 そこで俺はふと疑問を抱いた。いや、どうって事もない、そりゃもう他愛もないクエスチョン。 だが、最近俺の胸中に巣食っている元凶――なのかも知れないヤツ。 「つまり、佐々木よ」 「ん?」 「お前は将来なりたいものが有るのか?」 佐々木は眼を細めて即答はせず、値踏みするように俺を見た後でくすり、笑った。 「キョン、君には無いんだね」 多分、ざわついているのは「これ」なんだろう。原因か、遠因かは知らんが。 俺は肯定した。否定なんて出来るはずもないしさ。 「なりたいものが僕には有るよ。確固として、なんて言えるはずもないけど。そうだね……出来ればなりたい、くらいの気持ちでしか今はない。けれどそのために今やれる事はそれなりにやっている。具体的に言えばそれは受験勉強で誰しもがやっている事になってしまうが」 親友の言葉は、眩しかった。正直に言ってしまえば――嫉妬。そう、俺は少女に嫉妬していた。 「俺には……俺にはそういうの、無いんだよな」 「そうか」 「なあ、佐々木」 「ん? なんだい?」 親友の眼を見る。それはぶれない人間の持ち物だってのが一目で分かってしまう真っ直ぐなもので。 俺に無いもので。 佐々木が持っているもので。 俺に無いもので。 ハルヒもそういえば同じ眼をしていたか。 「お前らばっか、ずるいよ」 情けないことを言っているのは分かっている。 けど。 知りたかった。同じ目線に立ちたかった。情けなくとも、みっともなくとも、それでも置いていかれるのはどうしても嫌だった。 「『そういうの』って、どうやって見つけるんだ?」 目の前の親友以外にこんな事を吐露出来る相手なんて、俺にはいない。なあ、佐々木。春に再会した時にお前が言った、そのとおりじゃないか。 親友。 俺がそう呼ぶのは、実はも何もお前だったんだな。先見の明だ。ブラボー、ブラボー。拍手喝采。 でもって、その明晰さで。 どうか俺にも道を示しちゃ貰えないだろうか。 「……キョン」 太ももの上でずっと開いていた参考書をパタンと閉じた佐々木は苦しいような嬉しいような、笑っているようにも泣いているようにも見える曖昧模糊な表情をした。もうあと一ミリ目尻が下がればそれは泣き顔になるだろうし、二ミリ口角が上がれば笑顔にだって見えるだろう。 「それは人に教えて貰えるものじゃない。分かっているだろう? 教えてあげられるものでもないんだよ」 「――だけど」 「だけども何も無いよ。例外も抜け道も裏技も無い。例えば僕が君に宇宙飛行士になりなさいって言って、君はそれを自分のなりたいものだと思えるかい? 思い込めるかい?」 「違う。そうじゃない。俺がなりたいものズバリそのものを教えてくれ、って言ってんじゃなくって、ええと、なんだ、もっと、その取っ掛かり――そう、取っ掛かりの部分をだな」 「だから、それがさ」 佐々木は窓の外に視線を投げた。 「出来たら苦労しない、って僕はさっきからそう言っているつもりだったんだけど、分からなかった訳じゃないんだろう、キョン」 ……だよな。自然と溜息が零れた。 「なんか、すまなかったな」 「いや、別にいいさ」 思い返すとかなり恥ずかしい事を言っていた気がする。途端に自己嫌悪にどっぷり浸かりそうになって、いや、でもこんなんは俺ばっかりの悩みでもないだろと慌てて自己弁護に思考は走った。高校生なら普遍の議題であろう。 「気持ちはね、分かるんだよ」 なりたいものが有ると、俺に向けてそう言い切った佐々木はけれどシンパシを抱けると。 どういうことだ? 「ねえ、『そういうの』を僕が最初から持っていたと思うかい? キョンが今抱いている悩みは高校受験の時に僕が抱いていたものに、そっくりだよ」 くつくつと、佐々木は笑って。それはなんだ? 俺の精神年齢がお前より二年ほど遅れてるってそういう――馬鹿にされているようにしか聞こえないぞ。 もしかして俺、怒っていいのか? 「いやいや、こういうのは時期がバラバラで、それで当たり前さ。早い遅いは個人差で、そこに優劣は無い。人格の問題に転化するなんてのは以ての外だ」 「……そうか?」 「そうだよ。だから、恥じ入ることじゃない。むしろね。僕は非常に嬉しいんだ。こうして君から頼って貰えることが。こんな悩みをキョンから打ち明けられる自分を」 佐々木は笑顔で。 「誇りに思う」 つられて笑顔になってしまう俺がいた。 まったく不思議だ。こんな悩みを打ち明けたのに。 俺は佐々木に向けて笑えてしまっている。 「なんだよ、それ」 「おかしいかな? 僕としては非常に名誉なことなんだが。少々、個人的過ぎただろうか。いや、共感して貰おうなどとは露ほどにも思っていないさ。して貰いたくないとまで言ってしまえそうだ」 せっかくだし独占したいじゃないか、と佐々木はほんの小さく呟いて。 「キョンもいよいよ受験生らしくなってきたね」 俺の親友は満足そうにそう言った。 佐々木はどうやら夕食をウチで食べていくようだ。という事は……アレ? 何時まで居るつもりなんだよ、一体。 「気の済むまで、だね」 「ちょい待ち。それは俺のか、それともお前のか?」 それが問題だ。だってのに佐々木は事も無げに、 「両方」 おいおい、簡単に言ってくれるじゃねえの。 「両者の合意をもって授業終了とする。本来、教育とはこう有るべきだと思わないかな?」 「思わないな!」 本気と書いてマジで。佐々木はいつまで居る気なんだ? 現在時刻は十八時過ぎで夕食までは秒読みに入っている。いつもならそろそろ妹が呼びに来る頃だった。 「まあ、日付変更前にはいくらなんでも帰るさ」 「リミットが遅過ぎるだろ」 呆れて言う俺に、佐々木は足を組み替えながら笑った。 「君の受験生としての自覚と果たしてどちらが遅いかな? ……っと、これは少し意地悪が過ぎたね。くっくっ」 おちょくられている。なんとか言い返そうとしたが……ダメだ。口でコイツに勝とうとするその考えから既に間違っている事に気付いただけに終わった。 「まあ、実際問題としてだ。遅れている分を取り戻すのだから相応の時間は掛かる。覚悟しておいてくれ、キョン」 因果応報。これまで碌に勉強してこなかった事がここに来てずっしりと圧し掛かる。しかも親友まで巻き添えにしてだ。情けないな、まったく。 「そう卑下しなくてもいいさ。さっきは君をからかうためにあえてああ言ったけどね。遅過ぎるなんて事はまるでない。この時期なら十分取り返せるさ」 「そうは言うけど佐々木よ」 実際問題、俺はほぼ二年間の授業をまるまる溝に捨ててきたようなモンだ。その二年間を一年で取り返すなんてのは長門に時間でも操作して貰わん限り難しいだろ。 「言葉を返すようだけど」 しかし、それでも俺の親友は言うんだ。言って、そしてそれは俺を納得させてしまえる。 まるで、宇宙人のように。未来人のように。超能力者のように。異世界人のように。 「三十分の一だよ」 説得力の塊。ユーモアの権化。それはまるでもう一人の――。 いや。頭を振って馬鹿な考えを捨てる。 佐々木は、佐々木だ。他の誰でもない。そうだろ? 夕食の席で俺たち……否、俺はこれでもかとお袋にからかわれた。思い返すのも嫌になる。 佐々木を伴っての食卓なのだから過去を振り返るまでもなくこうなるのは予想していたのだけれども、それにしたってしかしお袋には俺の予想を裏切って貰いたかった。勿論、いい意味でだ。 歳を取ったら俺もこんな風に若者をからかわずにはいられなくなるのだろうか。いや、自分がされて嫌だったからこそ、それを反面教師としなければなるまい。うむ。 しかしながら、テーブルへと今夜一番の爆弾を投げ込んだのはお袋ではなかった。なら誰だったのかと聞かれれば該当者なんて我が家に一人しかいないだろ? 「佐々ちゃん、いっそウチの子になっちゃいなよー」 この一言には流石のお袋も凍りついちまった。この親にしてこの子有りってのはよく聞くが、それでも母親が余りにかわいそうだった為にこの場面で使うのは躊躇われたくらいだ。 小学校六年生。もうそろそろその手の発言の深い意味は分かるはずだろう。弟妹が欲しいだの、赤ちゃんはどうやって産まれるのだのといった愛らしくも回答に困る具体例を持ち出すまでもなく年齢とともに禁句は増えるものなんだ。 それでも。突発かつ緊急事態でありながらもあっさり無難に受け流した佐々木に俺は賞賛を贈りたい。俺ではとても穏便とはいかなかっただろう。 「しっかし、咄嗟によく出て来たモンだよな」 「出て来た? なんの話だい?」 俺たちは夕食を終えて授業を再開していた。学習机に向かう俺の隣七十二センチという位置を少女は定位置としたらしい。近からず遠からず。全ゴルフプレーヤ垂涎の絶妙の距離感。古泉のヤツにも教えてやって欲しい。 「いや、さっきの。ウチの子にならないかに対して『その時はよろしくね』だったか。曖昧に濁すってのは例えば俺が同じ事をやろうとすると『考えておく』になるんだが、いくらウチの妹が相手とは言えやんわりとした否定だってのが丸分かりだ」 「……だね」 「お前のはさ、こう、肯定しているようにも取れなくはないっていうか、いや社交辞令なのは誰の眼にも明らかだが」 しかしながら妹の眼(この場合は耳か?)には映らない絶妙のラインだった。参考書を眺めながら横目でチラリと少女の横顔を覗、ヤベ、眼が合った。 「ふーん、社交辞令。社交辞令か。キョンはそういう風に受け取るんだね。そうか……それは残念だな。僕は本当に脈無しらしい」 「……あのなあ」 一体どこまで本気なのやら。 まかり間違えて真に受けてしまいそうな、健全な男子高校生ならば深い意味とやらに自ら率先して取り違えにいきそうな。 そんな表情と言い方を佐々木はしたわけだが……残念ながらそんな器用な勘違いは俺には無理な相談だ。なぜなら、俺は佐々木のことをそれなりによく知っているから、となる。 このシリアスぶった顔は過去に何度か見ている。俺をからかっている時の顔だ。そうだろ? 「佐々木よ。多感な年頃の青少年を弄るのは決して良い趣味とは言えないな。ウチの母親とやってる事が大差無いぜ。玩ぶにしても、もうちょいと捻るべきだ」 俺が言うと佐々木は破顔した。 「くっくっ。冷静だ。もう少し動揺してくれるのを期待していたんだけれど、流石はキョンと言うところかな。うん、面目躍如だね」 「お褒めに預かり、光栄だ」 それでも内容の五割ほど馬鹿にされている気がする。いかんいかん。どうにも被害妄想気味だな。 ……自虐、かも知れん。自分をいじめて喜ぶ変態趣味なんか持ってはいないはずなんだが。 佐々木はニコリと笑った。そして口を開く。 「……それとも」 今日、一番の爆弾が俺に向けて投げ込まれた。 「君を驚かすのは――涼宮さんの領分なのかな?」 「はあっ!?」 叫んだ後で我に返る。しまった。口にも顔にも動揺がこれでもかと出てしまった。 「ど、どうしてそこでハルヒが」 声が上ずる。 「ハルヒが出て来るんだよ」 「おや、どうしたんだい、素っ頓狂な声を出して。もう少しクールな性格をしているとキョンを評価していたのだが、どうも僕の中の君の人物像に若干修正の余地が有るようだ」 汚名挽回、名誉返上。そんな言葉遊びで現実逃避を試みても、それこそハルヒの領分だ。どんだけ穴が有ったら入りたくとも、頭隠して尻モロ見えって具合に恥の上塗りも十分承知。 つまり、ここは佐々木戦法、こちらから逆に乗っかっていって有耶無耶にするのがベストと俺は見た。 「豊かな感性の持ち主だと備考欄に加筆しておいてくれ」 「分かった。それで?」 「『それで』の意味が分からん」 「涼宮さんと聞いて目に見えて狼狽した、その理由について説明を求めてもいいかな?」 眼を伏せた少女は……睫毛長いな。 「何か有った、のだろう? そうでなければいささか以上にキョンの態度はおかしい。 涼宮さんとの、もしくはSOS団の間で問題ないし事件が起こっているのではないかな。君はそれに僕を巻き込みたくないと考えている。 そう、僕は推理するよ。僕に対して涼宮さん関連の話は極力しないでおこうとさえ思っていたんじゃないのかな? 思い返せば一時間以上顔を合わせていながら、僕と君との関係において彼女、もしくはその周囲の愚痴すら聞かれなかったというのは出来過ぎだ」 対してお前は考え過ぎだと俺がたしなめる間もなく、佐々木の的外れな推理発表会は続く。 「これは君がわざとそれた方向に会話を誘導した結果だろう。ああ、自分を卑下する必要は無いからね、キョン。勉強に集中している振りは見事だったよ。君の天職は実は役者なのではないかと勘繰ってしまうほどだった」 演劇部に興味が無いどころか、学祭でも演者ではなく裏方に徹していた俺に何を言っているのやら。 それに勉強に集中していたのは本当であり、これまた天職ではないかと疑ってしまう佐々木のゴッドハンドっぷりに引きずられただけであるのだが、それを指摘してもこの親友は謙遜に謙遜を重ねるのだろう。 「君が話をずらしたのが故意ならば、僕が彼女の名前を出したのも故意だが。それでもここまでキョンが動揺するとは思ってみなかったのは本当だ。少しばかり僕も驚愕に釣られてしまったほどさ。 端的に言ってあの反応は異常だね。確実にいつもの君ではない。となるといつもではない、何か特別な事情が君の方に存在していると見るのが筋だろう」 ニヤリと笑うその眼にわずかばかりの期待を乗せて。 おいおい、佐々木よ。何を考えているのかは俺にも心当たりというか身に覚えが有るというか、なんかそんなのなんだが、ここ半年でお前までハルヒズムに感染しちまってたんだとしたら、それは多少なりと俺の責任でも有るのだろう。 「はあ……やれやれ」 「その溜息の出所は僕絡みかい?」 まあ、概ねその通りだ。だが、それだけでもなかった。足を組み直す佐々木は俺に向けて言う。 「それとも」 それとも――、 「涼宮さんかい?」 ズキリ。幻痛が胸を貫いた。溜息の出所は肺で間違いないことを痛みをもって俺に教えてくれている。 ――今のは顔に出てしまっただろうか。かも知れない。そもそも俺は表情を隠すのが上手くないからな。豊かな感性の持ち主だし……と、そうい う事にしておこう。 「どうやら図星のようだ」 「そういうお前はどうなんだよ」 「どう、って?」 「お前、なんだか嬉しそうだぞ」 佐々木は耳の上を手櫛で軽く梳いた。 「まあね。はたで見ている分にはそこそこに刺激的なんだ、君達は。他人事だから楽しめるっていうのは、きっと渦中の本人に言うべきではないのだろうけど」 「全くだ……ま、でも」 言われて気を悪くするのは、もう俺には無理そうだった。 『窮地』は脱したのだから。 「俺、SOS団辞めちまったしな」 「え?」 呆気に取られたような、口を半開きにする佐々木は俺が初めて見たかも知れない素の表情で、出来ればこんな話題で見たくはなかった。 「……ちょっと待ってくれ」 佐々木は右手を、その手の平からエネルギー波でも放つように俺へと翳した。 「今、僕の耳にはSOS団を辞めた、と。そう聞こえた訳なのだが」 なるほど。余りにも信じられなかったが為に、自分の聞き違えを疑ったのか。まあ、部活を辞めたってのは確かに大事件ではあるのかも分からん。しかし果たして見事なまでに個人的な内容のそれに佐々木が狼狽するような要素が有っただろうか。 いや、無い。 「ああ、そう言った。俺は、SOS団を、今日、退部した」 聞き直しが無いように一語一語を区切って強く発音する。音楽で言うところのクレッシェンドだ。あれ、スタッカートだったか? まあいい。 「今日? それはまた……どうして?」 どうしてだろうなあ。後頭部をワシワシと掻き混ぜてみたが、該当はゼロ。直接的な理由はただの着火でしかないのは明白だった。 「焦り……だったんだろうなあ」 置いて行かれたくないという漠然とした未来への不安。そしてそれを払拭する為の行動へと至れない自分の不出来。そういったものの理由付けに俺はきっと心の隅っこでSOS団を用いてきたのだ。 テストが出来なかったのは超能力的な世界平和に貢献していたからだ。 勉強時間が取れなかったのは宇宙的な侵略計画へ異議申し立てを行っていたからだ。 通知表が散々なのは未来的な平行世界増殖を未然に防ぐため奔走していたからだ。 俺が何もしてこなかったのはSOS団に在籍していたからだ。 少しもそんな風に思っていなかったと、言えばソイツは嘘になる。そして隠れ蓑にするには「そこ」は楽し過ぎた。不安が育ち切るまで眼を背け続けられるくらいには。 「……焦り、か」 俺に一体何が有ったのかの、その八割くらいは理解してしまっているような深い感情を佐々木はたった一言に乗せた。 「だから、まあ、口にするのすら情けないが退部の理由は八つ当たりだ」 八つ当たり。なんて身も蓋も、そして救いようすら無い理由だろうか。けれど今更仕方が無い。弁解なんて出来ないし、復縁も考えちゃいない。 だから逃げるように今はただ勉強に打ち込みたかった。佐々木の黄金色の手腕は、そういう意味じゃ俺にとって渡りに豪華客船だった訳だ。 「……そう、八つ当たりだ」 自分に言い聞かせるように繰り返した。それから俺は佐々木に向けて何を口にしただろうか。言葉少なくぽつりぽつりと低空飛行を続ける成績への愚痴を吐き散らしていたような気もするし、自分の不甲斐なさを重低音でわめき散らしていたかも知れない。 正直この辺りは感情のままに喋っていたせいで内容をよく覚えておらず、もし佐々木に酷い事を言っていたとしても一つとして不思議じゃない。覚えてないってのはなんて万能な、そして誠意の欠片も見られない言葉なんだろうとよくよく思うよ。 本当に思い出したくもない。それは……これは――、 「逃げてるだけじゃないか」 ハッとする。我を取り戻して佐々木を見上げれば(いつの間にやら下を向いていたようだった)、少女はそれでも俺に微笑みかけていた。こんだけ無様な男を前にして「女神かコイツ」などと思ったりもしたが、いやいやその比喩は心底笑えない。 佐々木は慈愛に満ちた女神なんかじゃない。それを俺に再確認させるように、その眼は一つも笑っていなかったし語気は有無を言わさない厳しさに満ちていた。 「今度は僕を逃げ場にする気かい、キョン?」 「そんな……そんなつもりは」 違う。そうじゃない。まったくの誤解だ。真逆と言ってもいい。俺よりも数段賢いお前が分からない訳ないだろ? ハルヒプロデュースのファンタジィから現実への着地をしようとしてんのに。応援して貰えるものだと、歓迎してくれるだろうと思っていたのに。 どうして……どうしてそれをたしなめられなければならないんだ。本来、そうであるべきものじゃないのか、人間ってのは。地に足を付けて生きるものじゃないのか。 「涼宮さんはファンタジィじゃない」 なんてこった。 俺は、ハルヒを。 ハルヒをいつの間にかそんな色眼鏡で見てしまっていた事に――気付かされた。 そんな当たり前のことを俺は見失っている。大前提だったはずで、長門も朝比奈さんも古泉も色眼鏡を外せない中、唯一そういったこと抜きに向き合っていける「俺」ってのが必要とされているんだと。 薄々気付いていた。SOS団に何の取り得も無い平凡な俺が招かれた理由。だってのに。 「僕としてはね、君が勉学に励む決心をしてくれたのは自分の事のように嬉しい。それが未来への不安に駆り立てられてというのも、それはそれで別に間違ってはいないとも思っている。 自分から勉強と向かい合える高校生なんてものはごく稀だ。嫌々やらされていても別にいい。好きこそものの上手なれと言うが、それはしかし苦手は上達しないと言い切っていない。希望を摘み取るなんて無粋な真似を先人はなさらないさ。 いや、なに。キョンを貶しているのではないんだ。むしろ君はこれから先よく伸びると思っている。勉学――未来の為に君が熟慮の結果、SOS団を辞めると、そう決めたって構わない……元々僕には何を言う権利もないしね。けれども、だ」 佐々木はそっと目蓋を閉じた。稚児に道徳を説くようにゆっくりと続きを話す。 「それと、涼宮さんに当たる事とは無関係だ。無責任と言い換えてもいい。義理を果たさない友人を僕は持ったつもりなんて無いよ。だから、君には退部という結論に至るまでの経緯を彼女にきっちりと説明する義務が有る」 義務、と言われて甦る苦い台詞。 「なぜ俺はお前に洗いざらい白状せねばならんのかと言っているんだ」。 心情を吐露するというのは中々にハードルが高い。ほら、一番正直なところは言えないだろ、何事も。人間の本音ってのは鋭過ぎて傷付ける事しか出来ないんだ。腹を割ったら話もまともに出来ず、死ぬ。 「心の内をさらけ出せとまでは僕だって言っていないさ。あくまで事務的に、淡々とでいい。僕の見る限り涼宮さんは決して話の分からない人ではないよ。君が受験勉強のために――しいては自分自身の未来のために一番良いと思われる選択をしたと、そう知ればきっと彼女も認めるはずさ」 どうだか。お前は知らないかもしれないがアイツは中々に嫉妬深いし独占欲も強い。素直に「はい、そうですか」とご納得頂ける様子が俺にはとんと想像付かん。また変な理屈を捏ね回すだろうってのに三千点。 そもそも俺はSOS団を辞めたいってんでもないしな。 「知ってるよ」 何を知っているのか。何もかもか。その慧眼は俺なんかに向けられるのが本当に勿体ない。 ハルヒじゃないが、これこそ大いなる世界の損失ってヤツだと思う。うむうむ。 「キョン、君は一度涼宮さんとちゃんと話をしてみるべきだと、そう僕は思うよ」 以上、佐々木大先生のお言葉に愚直に従って俺は、午後十一時現在、ハルヒへの謝罪文をしたためて電子メールへと乗せた。流石に佐々木の見ている前で文章を考えるなんて恥ずかしい真似は出来なかったと言えば分かるだろうが、もう少女は帰宅済みだ。 送信ボタンを押す時に指が震えた。この文面でいいのか、そもそも電子メールという伝達方法でいいのか。悩み出したらキリが無い。 それでも「今日はすまなかった」というタイトルだけは佐々木の入れ知恵で、最初にこちらが下手に出ておけば意地っぱりな少女であってもすんなりと文章に入っていけると……そんなに簡単なものでもないと思うが。 しかして縋る対象としては藁やシャミセンよりもよほど適正なのも事実であり。迷った挙句、最終的に異性の考えることなど俺にはさっぱり分からんと下手な考えは山の向こうへと放り投げ、佐々木を信じることとした。 『タイトル通りだ。悪かった。出来れば釈明をさせてくれたら助かる……ってメールでこれもないか。以上、一方的に書き散らすつもりだ。読んでもらえることを願うしか俺には出来ん。 最近、クラスになんともシリアスな雰囲気が漂っている事にお前は気付いているか? 好意的に言語変換するとアレは受験生としての自覚ってのの表れの一種だ。そして、どうやらソイツは伝染性を持っているらしい。 ここまで言えば賢いお前のことだ。なんとなく察しは付いただろ。でもって俺も類に漏れず感染――朱に交わっちまったらしいんだな、コレが。ああ、流され体質だと今回ばっかりは笑ってくれていいぞ。 率直に、かつ素直に言えば俺は焦っていたんだ。勉強を疎かにしていた事だとか、今まで何をのんきに自堕落かつ無目的に過ごしてきたんだお前は、みたいなアレコレ。自業自得だよな。 自業自得なのに、だ。それでも今日、お前に当たっちまった。本当に悪かった。明日、顔見て謝れるかどうか分からないから、こうしてメールにしてみたが、出来ればちゃんと眼を見て謝りたいし、経緯だってもっと詳しく説明させて欲しい。 もしも、お前が俺を許してくれたとしても、これから足はSOS団から少しづつ遠のくと思う。一応、この身の振り方も俺なりに考えた結果だ。それが気に入らないなら、団長はお前なんだ、退部にしてくれ。 ごめん』 思っている事をそのまま打っただけだった。推敲をしようとも思ったが、しかしそのままの方がこういうのはむしろ伝わるんじゃないのかとベッドの上で煩悶した時間は優に六百秒を越えた。結局、追記は最後の一言に留まって、ほぼ原文ママである。 しかし、俺は本当に文章力が無いな……全体を通じて一貫性に欠けるのは、まるで俺という人間の意志薄弱を写し込んでいるようだ。 「……やれやれ」 5,vision あの後、どうやら俺はケータイを放置して寝てしまったようだった。時間も時間だったし、慣れない頭脳労働は余程堪えたのだろう。メールの着信にも気付かないくらい俺は爆睡してしまっていた。 夢を見た。 それはいつぞや見たことの有る夢で、大学生になった俺がハルヒの膝枕で眠ってしまっていたという思春期の妄想を最大限まで増幅したようなこっ恥ずかしーシロモノだったのだが、いやいや、こんな甘酸っぱいものが俺の深層心理の鏡だなんて。 認めたくないものだな、若さゆえの過ちってのは。 そして、それには続きが有って。そこには長門に古泉、更には朝比奈さんと佐々木の姿まで有った。以上、それが俺の願望だってのに異議申し立てし難いという……まあ、それが未来であったのだとしたら確かに喜ばしいものではある。 誰一人欠けず。SOS団は不滅だってハルヒの言が、願望が真実になってしまうのだとしたら。それはまあ、歓迎すべきなんだろう。というか否定する要素がない。 しかし、その為には俺には圧倒的に力が無いな。現実は夢と違って怠惰に厳しい。 っと、そうだ。メールの内容を紹介しなければならん。夜の内に届いたのは四通。その内訳は二通が迷惑メールだった。いや、三通と言うべきだろうか。古泉から届いたモノに関しては閉口しかリアクションが取れなかったからな。 『貴方の選択と決定を機関としては全面的に支持し、バックアップしていきます。お力になれる事が有りましたら遠慮無く言って下さい』 今日、古泉に会った時に言う第一声は決まっていた。それはつまり「プライバシ侵害で訴えるぞ」だ。 あの超能力野郎、マジふざけんな。 で、もう一通は言わなくても分かると思うがハルヒからだ。受信時刻は日付が変わって午前一時過ぎ。アイツ、今日は絶対に寝不足だな。 少女が夜更かしをした責任の一端を担っているのは誰でもない俺自身であり、そこに罪悪感が無いかと言えばそりゃ勿論有るに決まっている。 今日一日くらいは睡眠学習を敢行するハルヒを起こさないように努める、くらいしか俺に出来ることは無さそうだが、ま、それくらいはやってやろう。お詫びとしちゃいささか地味過ぎるのは……こういうのは心が大事なんだ。 さて、皆様注目であろうそのメールの本文であるが、勿体振るのすら馬鹿らしい。古泉からのメールをも越えて簡素極まりない内容だった。 『分かった』 ……四文字って。 ……四文字ってどうなんだよ、お前。人として。女子高生として。 どこまでも深読み出来そうな文章であり、果たしてこれを文章と呼んでいいのかすらから俺にはもう怪しいのではあるが、しかしまた短過ぎて深く掘る以前にスコップの先が入らなかった。 作者の感情を読み取るどころの騒ぎではない。要旨を抜き出すにしろ、これ以上どこを削れというのか。現国の授業はここに来てその応用範囲の狭さを露呈したことになる。まあ、高校の授業がこれからにどう役に立ってくるのか、俺としては常日頃からの疑問で……と、話が逸れたな。 それにしたって、このメールを俺はどのように受け止めればいいのだろうか? まるで意図が読めんのだが。 面倒くさかったのか。はたまた、まだご立腹を継続させていらっしゃるのか。……多分、ハルヒ的にはどっちかだろう。もしかしたら万が一にでもあっさりと機嫌を直しているんじゃないか、って希望的な可能性はこれで塵と消えたことになる。 根に持つヤツだとは別段思ってはいない。むしろ陰険って言葉がこれほど避けて通る相手も珍しいくらいのヤツなのであるが、それにしたって退部を告げた相手をそう簡単に許せるはずもないのは俺にだって心情的に理解出来る。 ああ、学校へと向かう足取りも重い。こんな日に限って空は俺を嘲笑うように久々の晴天。憎々しいと思ってしまうのは俺が捻くれ者だからなのか? 自覚が無い訳じゃないけどさ。 それでも、電車は事故も無く順風満帆の定期運行、地獄の上り坂も氷が張っている素振りは無し。俺の登校を阻むものは何も無いのだから、当然足を止めない限り教室前まで辿り着けてしまう。 そして戸の前で最後の一歩を躊躇した。 ここまで来ていながら揺らいでしまう程度の覚悟なら、最初から自主休校しておくべきだったんだよなあと考えても後の祭り。 「今度は僕を逃げ場にする気かい?」。なーんて佐々木の声が脳内で追再生される。ああ、分かった分かった。分かりましたよ。逃げ腰じゃ何も始まらない。前を向かなきゃ進めない。 せめて風当たりが少しでも弱まるようにと心の中でハルヒ大明神へ割と本気で祈りつつ、俺は合戦場への最後の一歩を踏み出したのだった。 ……俺はどうも勘違いをしていたらしい。 いや、思い違いだろうか。 涼宮ハルヒという少女の特異性。 出会って間もない頃の話だ。宇宙人、未来人、超能力者を探している理由を俺が尋ねた時、ソイツはなんて答えたか。俺はよく覚えている。人間とはここまでシンプルになれるものなのかと、内心深く感動したものだった。 「その方が」 シンプルとは決して貶し言葉ではない。その後に続くのは「イズベスト」が定型句。 「その方が面白いじゃない!!」 好奇心と書いてハルヒズムとルビを振ったところで、間違いではないくらい。 少女は常日頃から面白いことに飢えている。 てっきりハルヒは俺と眼を合わさないように顔を外に向けて机に突っ伏し、寝た振りをしているものだとばかり思っていた。もしくは俺との接触を極力断とうとしてチャイムぎりぎりに登校してくるんじゃないかと。 そんな場合における俺の身の振り方を登校中の脳味噌で繰り返していた訳なのだが。 冗談じゃない。 すっかり忘れていた。ハルヒ相手にシミュレーションなんてものが通じた事が一度でも有っただろうか。経験則に裏打ちされた鋼鉄製の「ノー」の文字。俺の卑小な脳味噌などでアイツが収まり切るはずもないのだ。 なぜそんな簡単な事をまるっと忘れてやがったんだよ、俺。 ああ、それは。いつか見た。久々に見た。 至極ご満悦な悪代官を思わせる笑みをその端正な顔に勿体無くも浮かべて、身体は廊下を向けて椅子に横座り。右肘を背凭れに寛げて足を組み、これで左手でワイングラスでも転がしてりゃ完璧だ。 その顔には透明な墨汁でデカデカと「待っていたわ」なーんて書かれていた。 何をする気なのか。何をやらされるのか。ペナルティ? 罰ゲーム? そんなプラス要素の欠片も見当たらない言葉ばかりがぐるぐると頭上を衛星軌道で周回する。まだ一言だって口を聞いちゃいない。ハルヒは俺の姿を認めるとニンマリ微笑んだだけなのだ。 だってのに。俺は恐れおののいていた。あの顔をしたハルヒはロクな事を言い出したためしが無い。今度は何を思いついた? ああ、今すぐ詰め寄って白状させてやりたい衝動に駆られる。いや、違う。逆だ。出来れば聞きたくない。聞かなかった振りをしてやり過ごしたい!! 一歩、二歩。断崖絶壁、自殺の名所に近付いていく心持ちだった感は否めない。しかしながら俺の席はその先端にぶら下がっているのだ。退路は無い。やっぱ今日ばっかりは自主休校しておくべきだったか。第六感はきちんと警鐘を鳴らしてくれていたというのに、俺ってヤツは。 男の子としてのなけなしのプライドは、貫いた場合大抵悪い方向にしか導いてくれない。これも経験則。 ……足、震えてないよな。 登校時の心臓破りの坂が可愛く思えるほどにその五メートルは茨の道だった。途中「用件を思い出した」とか言って回れ右をしようと二回くらい思ったのは、ひとえにハルヒの眼力が原因だ。 銀河系をまるごと詰め込んだようなアーモンド型の大きな瞳は、狙った獲物を逃がさない。確か北欧辺りの神話に一睨みしただけで敵を殺せる神様だか悪魔だかが居たはずだ。バタールとかバザールとかそんな名前の。 涼宮ハルヒは恐らくソイツの化身であろう。そうに決まっている。蛇に睨まれた蛙の慣用句と俎上の鯉が同時に俺の脳裏を過ぎったのは冗談にしても笑えない。 ラスボス目前、七十二センチで立ち止まる。ビビって声が出ないなんて情けない真似だけはしないように大きく息を吸い込んだ。 「おはよう」 しまった。第一声はメールと同じく謝罪から始めるはずだったのをすっかり忘れていた。それもこれもあれもどれも、全部ハルヒのチェシャ猫笑いが原因で、それによって調子を狂わされているのは分かっているのだが、どうにも身体のコントロールが上手く司令部に戻ってこない。 「ああ、おはよ。遅かったじゃない、キョン」 いつもと変わらぬ……いや、鼻歌でも今にも聞こえてきそうにいつにも増して上機嫌なハルヒは、ハッキリ言おう、気味が悪い。だってそうだろ? 俺は昨日、コイツと喧嘩したばっかりなんだぜ? そりゃ後になってメールで謝ったりもしたが、それにしたってこの対応は俺の常識じゃ有り得ない。常識で語れないから涼宮ハルヒ? かも知れん。 ああ、忘れていた。なんかいつの間にやら「理解した」気になっていたが、「どうかしてた」の間違いだ。 コイツは――それでもコイツは涼宮ハルヒなんだ。 ハルヒの前を行過ぎて自分の席へ向かおうとする。なぜだ? なぜ、ここでさらりと昨日は悪かったの一言が出て来ないんだ、俺! こんな事じゃ昨日の二の舞だろ! そんなの当然分かってる。分かってんのに身体が勝手にハルヒへ背を向ける。口が上手く動かない。 俺から切り出した精一杯の挨拶は、けれど二の句を継げやしない。だれだ、挨拶は人間関係の潤滑油だなんて言い出したのは。ピリオドになっちまってるこの状況に対して俺は謝罪と賠償を要求するぞ。 そんな俺の煩悶を知ってか知らずか。 不意に背中に声が振った。 「昨日は……その、悪かったわね。上に立つ者として配慮に欠ける言い方だったわ。一応、反省してる」 「……は?」 それは余りに衝撃的で。ああ、憎々しい青空はこの霹靂のための前振りだったんだろうなあ、なんて咄嗟にそんな、トビキリどーでもいいことを考えちまうくらいに俺は驚いて。 「は、じゃないわよ。悪かったって謝ってんだから……こっち向いてなんとか言いなさいよ」 火中のトウモロコシが爆ぜるみたいに俺は座ったまま振り向いて、ああ、こういうのは勢いだ。勢いで割と人生なんとかなっちまうって、これはハルヒから教えて貰ったんだけどな。 「お、俺も!」 ハルヒの机に両手を付いて頭を下げ……ようとしたんだが、どうにもそこまでは踏み切れないのはこれもまた「オトコノコ」とやらが邪魔しているのか。きっと、そうだろう。 窓の外、晴れ渡る空に明後日を見ながら、なんとかかんとか言葉を紡いだ。 「俺も、昨日は悪かった。その、メールにも書いたんだがどうも最近……」 「ストップ」 のべつ幕無し、捲くし立てようとした俺だったがそれはハルヒの右手によって阻まれた。その手には一枚の紙切れが握られている。 「その話は放課後、ゆっくりと聞かせて貰うつもりだから。とりあえず、キョン。アンタは放課後までにコレを書いておきなさい」 少女がひらひらとこれ見よがしに揺らす紙には「進路調査票」と手書きで書かれていた。 ……進路調査票? えっと、進路調査票って「あの」進路調査票? それなら俺、一月くらい前に書いたんだが……いや、待て。そうじゃないだろ。そうじゃなくて、まずはきちんと謝ってからだな。 「あ、そういうメンドいのはもういいから」 「いいのかよ!」 「だってお互い悪かったって思ってんなら、もう引っ張るだけ尺の無駄よ」 尺とか言うな。せめて時間の無駄と言え。 「意味、同じじゃない」 「耳当たりが違う」 ハルヒは細かい男ねと俺をねめつけた。が、なんてーか、そのいつも通りな視線が今日はなんだか心地良かった。一応俺の名誉の為に付け加えておくが、俺は同年代の女子に罵倒されて喜ぶような特殊な趣味は持っていないので誤解しないように。 「ところでハルヒ」 「何よ。話なら放課後って言ってるでしょ。有希と古泉くんには今日は部活無いってメールしてあるからゆっくり愚痴でも相談でも聞いてあげるわ」 ええい、胸を張るな。朝比奈さんとまではいかなくとも「そこそこ」の持ち主であるお前がそんなポーズを取ると、健全な思春期男子である俺としては眼のやり場に困るんだ。きょろきょろと視線を彷徨わせる挙動不審のレッテルは欲しくない。 「ああ、それは助かる。確かにあまり吹聴したい内容でもないしな」 朝比奈さんに連絡してないのは……まあ、いいか。彼女ならどうせ今日も鶴屋さんと一緒に自習室で受験勉強だろう。 「そうじゃなくて、コレ。進路調査票って書いてあるが、学校で配布されてるのと形式が違うからな。書き方を聞いておきたい」 普通なら第一から第三志望までを書く欄が有って、っつーかそれしか無いのだが。ハルヒから渡された紙には志望なんて字は一つも書かれていなかった。 代わりに、「短期目標」「中期目標」「長期目標」の三つを書き込む欄が設けられている。なんだ、これ? 俺は別にどこの中小企業の経営者でもない、そんじょそこらのただの学生なんだが。 「アンタねえ……少しは頭使いなさい。もし仮に第一志望から第三志望を書けって言われて、アンタはなんて書くのよ。どうせ適当に知ってる大学の中で『これなら高望みって言われないかな』ってヤツを選んで書くだけでしょ? そんなモンに蚊ほどの意味も無いわ」 一寸の虫にも五分のなんとか。これまで教師が行ってきた受験生へのアンケートの意義を平手でぴしゃりと打ち落としたのは、やはりその豪腕であった。合掌。 「もしくは、そうね。『進学』『就職』『結婚』とでも書いておく? そんな漠然とした内容を見せられても査定するこっちとしては評価のしようがないけど。ああ、この子は就職が進学より上に来るんだー、とかその程度の理解じゃ人を教え導くなんて夢のまた夢よ」 いつもながら、ハルヒの言う事には妙に説得力が有る。まあな、なんて適当に相槌を打つと少女は眼に見えて生き生きとその眼を輝かせた。 「やっぱアンタもそう思う? 大抵、こういった問題点は進学先や就職先を具体的に書くことで解決になっちゃうんだけどね。でも、それは教師の都合だと思わない? 進路なんて現時点では考えられもしない子だって居るのに期限決めて無理矢理に書かせて、それで教師は納得しちゃう」 あー、確かに。なんか俺の知らないところでこの人勝手に俺の進路考えてんなー、って思った事は有る。岡部には悪いが、でも思っちまったモンはもう覆せないわけで。 「気持ちは分かるのよ。願書出す辺りで自分の学力に見合った大学に行けば良いやーって。就職組なら教師が探してきた中から選ぶだけだから、尚更夢の無い話よね」 「……現実を突きつけられるってのは、正直胃が痛いな」 それでも、言っている事は文句の付けようがない。日ごろ、ともすれば不思議ちゃんのカテゴリに属しかねないハルヒの口から、まさかこんな話が聞けるとは思ってもみなかった俺である。 こうして話してみれば、俺よりもよっぽど地に足を付けている印象さえハルヒに抱いてしまう。そう言えば古泉がハルヒは常識人だとか言っていたが、アレは本当だったのか。 なんだ、こう……「凄いな」と。そう思ってしまった。 「だから、そんな茫洋としたものは要らないの。とりあえずアンタは」 目標。だからこその、進路調査票。 「これから一ヶ月の目標、半年の目標、卒業までの目標をここに書いておきなさい。良いわね?」 この紙は、涼宮ハルヒのなけなしの優しさなのかも知れない。 ホームルームの鐘が鳴り、生徒達が自分の机に帰っていくのを見てハルヒは外を向いた。続きは放課後って意思表示なのだろう。俺としてはまだまだ聞いておきたい事も有ったのだが、教壇に立った岡部に睨まれたくもなかったために渋々ながら前を向いた。 無用な注目は欲するところではない。ハルヒの真似事は一般生徒には荷が勝ち過ぎる話だ。 それにしても――意外だった。意外性ってのは涼宮ハルヒという少女を構成するなくてはならない要素の一つと言い切ってしまえるのは確かであるが、しかし今回は方向性がいつもとは真逆であり……面食らったって表現がともすれば一番的を射た表現だったりするのか? 担任の岡部が日常の枠からはみ出さない当たり障りプラス面白みに欠ける話を始めるも、正直そんなのは右から左である。今考えるべきはハルヒの心境、ひいては俺自身の進路だって事はよーく分かっている。 反省、と背後のクラスメイトは言った。これがまず衝撃的かつ劇的な変化であることは違いない。涼宮ハルヒを多少なりと知っている人ならば何かの言葉を聞き間違えたかと、自分の聴覚を訝しむであろう。失礼な話だな、まったく。 成長。 昨日の俺はそれがハルヒに見られなかったことに軽く絶望していた。現実とハルヒが共に歩み寄る未来は俺の独りよがりな儚い希望でしかなかったと勝手に思い込んでSOS団での活動が途端に空しくなってしまった。 ――だが、違った。 涼宮ハルヒは確実に、着実に進歩していた。良い方向へと歩き続けていた。今のハルヒは自分が悪いと気付けたのならばちゃんと謝る事が出来る。それがたとえ一日遅れであってもだ。手遅れでさえ無ければいい。 そうさ、俺たちの一年半が少女の中にしっかりと芽吹いている。何も無駄では無かった。 ハルヒは大丈夫。大丈夫じゃない時も、ソイツの世界を大いに盛り上げるヤツらが居る。 とすれば、後は俺の問題ばかり……って、あれ? ハルヒの心配をしてる場合じゃ実際無い……よな。そんな余裕が有るようにはどれだけ楽観的な視点を用いようとも見えちゃこない。自分で言ってて悲しくなるね。 ここが年貢の納め時、とでも言っとくか? いや、こういう時の俺の常套句は決まってる。腹を括って、息吸い込んで。苦悩を、なるようにならない現実を、吐き出す呼気にありったけ搭載して。 「はあ……やれやれ」 後ろ向きを自分の中から追い出すように。さて、そんなら他の誰でもない俺の未来と、そろそろ真面目に面と向かってみようじゃないか。脳内で展開されるどうにも冴えない未来予想図をポスターカラで塗り潰して。 バラ色なんて単色や、 虹色なんて七色じゃてんで足りない、 二百五十六色や三万二千色すら越えて無限に広がるフルカラの。 そんなクリアでビビッドな未来を夢見ても、一度くらいは良いんじゃないかって思うんだよな。これもハルヒの影響か。多分、きっとそうだ。 でも、きっと良い影響。 でも、きっとそれで正解だと俺の心は囁いた。 決意を新たに望んだ一限の授業はいつもならば欠伸を片手に睡魔とよろしく仲良くする古文だった。「新たに」って言った初っ端に出鼻を挫かれるような「古文」は確かに俺の苦手な教科の一つで、英語と並んで学習意欲への攻撃力が高い難敵である。 「社会に出て何に使えるんだ、こんなモン」。 きっと誰もが思ってる――そんな風に一人思い込んでいた。 きっとこんな風に思ってるのは俺だけじゃない――そんな考えを免罪符にしてきた。 勉強をするのは俺で、なら勉強する内容は俺自身が決める。他の誰かが決めることじゃない。押し付けられるのは勘弁だ。 なんて、そんな浅はかな胸の内は全部佐々木にはバレバレだった。中学の頃にそんな話をした覚えもないのにだ。身近なテレパシストが俺に言った台詞を思い出す。 「役に立つんじゃない。色付けるのさ」。 反芻して前を見る。 「食物が血肉になるように、知識は君の外側を豊かにする。身体が大きくなれば出来ることが増えるように、見えなかったものが見えてくれば出来ることは当然増える」。 黒板に書かれている文字。教師が口にするハイエンド死語の数々。散っていった価値観。今でもまた共感出来る精神。それを今まで不要を割り切って「眺めて」いた俺。 「言葉は人類最大の発明の一つだ。その価値を今更君相手に語る必要が有るかい?」。 だけど、今日は網膜に映すだけで終わらせるつもりはない。それでは何も変わらない。相手はツールだ。言葉は道具だ。キングオブツールズとの呼び声高い「コミュニケーションツール」。 「ならば、さ。それが日常生活に応用出来ない道理が無い事まで分かるよね」。 佐々木の声を脳内再生しながら「見つめ」た、チョークで刻まれた八百年前の恋の歌は、教師の解説を得て共感を産む。促されて現代語訳を考え……ああ、これは告白の文句に悩んでいるのと何が違うのだろうか、なんてはたと気付いたらオカしくてたまらなくなった。 同じ事を世界中の高校生がやっているのだと。 後ろの、かつて恋愛は精神病の一種なんてバッサリいった少女だって、口をアヒルみたいに歪ませながらもどう詩的に告白しようか考えていたりするのだと。 なんだろうな。なんて言えば……いいのだろうか。 誤解を恐れずに言うならば俺は今日、初めて自分の意思で勉強をしている気がした。 「言葉は面白いに決まっているさ。ねえ、キョン」。 俺はまだそこまで――「面白い」とまでは割り切れない。ただ、ちょっと楽しみ方の端っこを摘まんだかもなってそんな程度だ。でも、それだけですら劇的で刺激的なビフォーアフタ。眠くないってだけでも驚愕だ。 心の持ちようでガラリと様変わりするのはこれはなんだ? 恋をして世界が色付くなんて使い古しの擦り切れた喩えを持ち出すほど俺も恥知らずじゃないが。それにしたって、おいおい、これは。 ちょっとちょっと、と言っている間に「印刷された紙の束」が「教科書」にメタモルフォーゼ。 俺がいつの間にか失っていた感覚。多分小学生くらいで満たされ切っちまったんだろう旺盛な知識欲は、どこにも家出なんてしちゃいなかった。どころか満たされてなんて全然いなくって。 ソイツはずっと心の中で燻って、火が点くのを今か今かと待っていたんだ。 佐々木大先生は言った。そこに意思が伴えば何一つ、無駄にはならないと。それは俺たちSOS団がてんやわんやの右往左往した一年半が涼宮ハルヒという少女の精神に確かな変化を産んだ事を引き合いに出すまでもないのだろう。 この時間を無駄にしない、そう思って毎日を生きるのは結構苦しいのかも知れない。今日が初日の俺に偉そうな事は何も言えない。それでも。 充実の実感は、そこそこ悪くないものだった。 四限が終わっての昼休み。ハルヒは早々に弁当を持って教室から消えた。恐らく文芸部室でネットサーフィンでもしながら昼食を取るつもりなのだろう。その行動は言外に「放課後まで考える時間を与えてあげる」と俺に告げていた。 無論、俺だって忘れてはいない。進路調査票のことだ。半日を過ぎていまだに白紙の紙切れは、中々、こう……いざ空欄を埋めようにも悩ましいものがあった。 短期目標――一ヶ月の間に何を成す事を俺の目標とすべきか。学校が冬休みに突入する事も考慮すれば年内目標になるだろう。実質二週間とちょい。現実的なことを言えばなんらかの変化を自覚するにしたって短過ぎる感が有った。 「まあ、これは後でもいいか」 紙切れを上着のポケットに入れて立ち上がると近付いて来た国木田に話しかけられた。 「あれ? キョン、どこか行くの? 一緒にお弁当を食べようと思ったんだけど」 「ああ、悪いな。ちょっと呼び出し食らっててさ」 「岡部先生? ……え、でも進路指導はもう全員回ってたよね? 二回目?」 俺は首を振る。 「古泉だ」 「あー……ああ……ああ」 なんだ、その微妙な納得は。俺だってな、出来ればこの寒い中、上着を羽織ってまでテラスに出て行こうとは思わん。アイツからの呼び出しが珍しいから付き合ってやるだけだ。 「行ってらっしゃい」 「おう」 そう、繰り返しになるが古泉から呼び出しってのはかなり珍しい。基本、部活以外ではノータッチであり、しかもそれを徹底している事からノータッチはアイツの信条か何かなのだろうと薄々気付いているのだが。 だからこそ、そのメールに嫌なものを俺は感じて仕方が無かった。 そろそろ何かが起きるんじゃないか、という予感は有った。ハルヒの近くに居ながら最近は穏やかが過ぎたとも思う。エックスディも迫っている。誰かさんが活発になるのならば、このタイミングだ。 宇宙人か、未来人か、超能力者か。 それとも……大本命にして大本営、涼宮ハルヒ。ソイツの振るう豪腕は今度は何を吹き飛ばすつもりなのか。 俺はワクワクしていた。 それがいけない事だと知りながら。 今度は何をやらかしてくれるんだと。 心の底で待ち構えていた。
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キャラクター名 ☆涼宮ハルヒ☆イメージ 総合評価 ★★★☆☆C68 歩兵力 ★★★☆☆C69 建築破壊 ★★★☆☆C68 裏方 ★★★☆☆C65 素行 ★★★☆☆C69 発言力 ★★★☆☆C68 特殊能力 率先裏方積極発言逆境◯負け運 戦闘スタイル そつなくこなす 所属部隊名 ☆昼休みランチタイム☆ ◇詳細◇ 部隊☆昼休みランチタイム☆の部隊長。 歩兵も裏方もできる万能古参プレイヤー。 後は部隊員の確保が課題か。いつもぼっちである。 上へ戻る コメント 最新の20件を表示しています。 名前
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俺は春休み前から思っていた。 高校に入ったら、自分を変えてみようと。 ただ、決心するのはまだかかりそうだ。 なんたって、野球部に入ったのはいいが、俺はいまだにロングヘアーだからな。 まあ、男の場合はロン毛と略したほうがあってるかもしれない。 とりあえず、ピアスは外した。 しかし、まだ坊主にする勇気がもてなく、いまだにロン毛だ。 どうやら、仮入部中は坊主にしなくていいらしいので、まだ仮入部の状態。 そろそろ、切ろうとは思うのだが・・・。 ところで、今俺は先輩達がバシバシ放つボールを拾っている。つまり、球拾いだ。 ありきたりすぎる。しかも、ここ何日かずっと。 と、そんな俺の横にいるのは、今日仮入部してきた、俺と同じクラスの女の子、 涼宮ハルヒ 普通、他人がどんな自己紹介をしたかなんてすぐに忘れてしまうだろうが、この子の自己紹介はすこし衝撃的。 後、10年は忘れそうにない。 ところで、何で女の子なのに野球部なんだろうな? ソフトボール部に入ったらいいのに・・・ と思って、言ってみたのだが、 「そこには昨日仮入部したわよ。あんたのせいで、最後の1点とれなかったけどね」 と、睨まれながら言われた。 ああ、あれ試合中だったのか。 そんな感じは、確かにしたんだが・・・ 球拾いをずっとしてたから、そのまま返しちゃったんだよ。 「ソフトボールも野球も似たようなもんだと思うけど」 「あんたには関係ない」 なんか分かんないけど、怒られた。 ところで、いまだに球拾いか筋トレしかやってないんだが、いつバットを握らせてくれるんだろうね? まあ、仮入部の俺がそんなこと言えるわけがないが・・・ というより、仮入部の人までこんなことやらせるのはどうかと思う。 仮入部生にまでそんなことさせたら、その生徒がやめたくなるぞ。 もちろん、そう思ってるのは俺だけじゃないらしい。 隣の女の子も、先ほどからイライラオーラを出している感じだ。 多分、そろそろやめるだろう。聞いた話によれば、毎日、行く部活を変えてるらしいからな。 球拾いばかりで面白くないと分かったはずだ。 と、思ったのだが、そう思っていると部長がこちらへやってきて、 「お前ら、これつけろ」 と言いながら、グローブが山のように詰められているダンボールを持ってきた。 「適当に二人一組になってキャッチボールしろ」とのことだ。 キャッチボールか・・・どことなく懐かしい響きだ。 さて、誰と組むか・・・ 「一緒にやる?」 「別にいいけど」 ということで、俺はこの涼宮ハルヒという女の子とキャッチボールをすることになった。 他にもこの女の子とやろうとしてた人がいるらしいが、多分、俺はそいつらと同じ理由でこの子を誘ったのではない。 ただたんに、近くにいたから・・・それだけだ。 でも、やることになったのはいいんだが・・・。 「……」 「……」 会話がない。 いや、普通、部活中のキャッチボールは話しながらするものではないが、何か言わなきゃいけない気もする。 「あの、俺の名前知ってる?」 「知らないわよそんなこと」 「花瀬。同じクラスなのは知ってるよね?」 「だから知らないって言ってるでしょ」 ・・・・・この子はどうやら、人と話すのを嫌うらしい。 それとも、ただたんに苦手なだけなのか? 「そういえば、入学式の自己紹介だけど・・・」 「あんた何か知ってんの?宇宙人?」 「いや、どこまで本気かな?と」 「・・・あんたもそれ。どうせ、何でもないんでしょ。だったら話しかけないで」 「ごめん」 自分でもなぜ謝ってるかが分からない。 「あっそうそう、言い忘れてたが、50回したらこっち戻って来い!」 やばい!数えてなかった! 「31回目」 ・・・怒ったような口調で言ってくる。 どうやらこの女の子は意外とマジメらしいな。 その口調とかなおせば、かわいらしい感じになるのに。 「50回やったけど」 「じゃあ戻ろうか」 で、戻ろうとした時だ。 先輩が打った球がこちらの方向に飛んできて、そのまま来ると涼宮さんにぶつかってしまう。 と思ったと同時に、俺はその女の子の腕をつかみ、こちらに引き寄せて、ボールを避けた。 よかったぶつからなくて。 ・・・と、思ったのだが、その拍子で、しりもちをつき、しかも腕をつかんだまんまだった。 この状況を詳しく説明しなくても、分かってもらえたらうれしい。 これまた、よくあるパターンだ。 「何すんのよ!!」 「グハッ!」 腕をふるい、そのままおもいっきり腹を蹴られた。痛い。 とりあえず、説明しなければ。 「だって、君あのままだとボールに・・・」 そう言ってくれたら分かってくれると思ったんだけど。 「あれぐらい自分で避けれるに決まってるでしょ!あたしは掴もうと思ってたけど」 ・・・かなりまずいことをしてしまったようだ。 今度はグローブを投げつけられた。痛い。 まだ、バットじゃなかっただけよかったと思うべきなのかもしれないけど。 「つまんないし、あんたみたいな男もいるみたいだからさっさとやめる」 はい、ごめんなさい。できたらもうちょっと早くやめていてほしかったです。 それから、その子は教室に戻っていった。 「お前、何、女押し倒してんだよ!!」 いや、そのつもりはなかったんですけどね・・・ とりあえず、俺は必死になって先輩とか、同輩とかに事情を説明。 分かってもらえたかは分からない。 でも、今日、一つだけ分かったことがある。 あの女の子には近づかないほうがいい。
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アナルスレに投下された、涼宮ハルヒとらき☆すたのコラボ作品をまとめる場所です。 4レスSS こなキョン こなキョン・GW編 泉こなキョンの憂鬱 こなたとキョンの試験勉強 こなキョン・単発ネタ こなキョンと朝倉と岡部と混沌 二期記念こなキョン カオス